原監督「しばらくフラット」球団ポスト打診も固辞、評論家活動もせず

[ 2015年10月20日 07:25 ]

会見を終え花束を手に笑顔を見せる原監督

 重い荷を下ろした巨人・原監督の顔は、澄み切っていた。報道陣110人、テレビカメラ10台の前での会見。「こんなに気持ちよく夜は寝られるのかと」。辞意表明から一夜明けた前日は午前10時からゴルフを満喫したという。「久々に楽しい時間でした」と頬を緩めた。

 長嶋監督から巨人の監督を引き継いだのが第1次政権の02年。「僕の野球人生で最大の憧れであった長嶋さんの後に監督。これが何にも増して、何にも替え難いプレッシャー」と振り返った。しかし、就任初年度に日本一を遂げると、通算12年間で7度のリーグ優勝と3度の日本一。長嶋(15年)、川上(14年)に次ぐ、球団歴代3位の在任期間を、名将と呼ぶにふさわしい結果を残して全うした。

 昨年5月には父・貢さんが死去。最大の恩師でもある存在を振り返る際には目を赤くし「父がいなくなったのは非常に大きかった」と声を詰まらせた。重圧も困難も乗り越えた原監督が、スタッフ、選手へのメッセージを求められて挙げたのが長嶋氏の言葉だった。

 「私はきょうをもちまして巨人の監督を退任させていただきますが、巨人軍というのは、長嶋さんの言葉ではありますけど、永遠に不滅であり、当然、ずっと前に進んでいる。私もジャイアンツファンの一人として、一緒にスクラムを組む」

 95年の現役引退時には監督就任を見据え「私の夢には続きがあります」と口にした。その物語が、一区切りついた。「夢を全うできたことには満足している。完全燃焼できたと思います」。コーチ3年、監督12年と合わせ、30年間の巨人のユニホーム生活。球団からはポストを打診されたが「しばらくはフラットな状態で」と固辞した。評論家活動なども行わない予定で「何かやるにしてもボランティア活動的にしておきたい」と話した。

 巨人監督としての公式行事はこれが最後だが「少しゆっくりしてから、そこから何かあればアクションを起こしていこうという気持ちはあります」とも言った。さらなる夢の続きも見てみたい。 (大林 幹雄)

 ▽長嶋氏の「巨人軍は永久に不滅です」 74年10月14日の中日とのダブルヘッダー(後楽園)が引退試合となり、2試合目終了後に引退セレモニーを開催。照明が消えたグラウンドの中央でスポットライトを浴びながら「昭和33年、栄光の巨人軍に入団して以来」と最後のあいさつを始め、「私はきょうで引退をいたしますが、我が巨人軍は永久に不滅です」と締めた。球場周辺には前夜から徹夜するファンも現れ、5万人の観衆が最後の勇姿を見守った。

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