ケガに苦しんだ野球人生 近藤一樹氏が高校生に伝えたかったこととは「楽しい野球をしてほしい」

[ 2024年3月7日 12:00 ]

立正大学付属立正高校を指導した近藤一樹氏(左)
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 元オリックス、ヤクルトなどで活躍した近藤一樹氏(40)が、2月29日に東京・立正大学付属立正高校で野球指導を行った。今年度の学生野球資格回復制度の研修会を受講し、国内の高校、大学での指導が可能となったばかり。日大三の同級生でもある同校の内田和也監督からのオファーを受け、「指導者」としての第一歩を刻んだ。高校生指導について、どう考えているのか。近藤氏の思いに迫った。

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 「忙しいところ、悪いね」。校門で出迎えた内田監督に、近藤氏も表情を緩めた。2人は2001年夏に日大三の全国制覇に貢献したエースと主軸打者。その年、日大三から合計4人の選手がドラフト会議で指名されて話題となったが、その同級生の即座のオファーにうれしそうな表情を浮かべた。

 だが、集まった17人の選手と対面すると、表情が一気に変わった。近藤氏は投手陣を中心とした17人に対して、練習を始める前に「きょうは皆さんのフォームをいじるつもりはありません」と口にした。まずは、股関節の可動域を広げるストレッチや、キャッチボールの基本からじっくり指導した。

 股関節の可動域を広げる理由の一つは、歩幅にある。同氏は現役時代に投球した際、踏み出した左足まで歩幅7歩分を空けていた。通常の投手は5歩半から6歩半とも言われるが、股関節の柔らかさを投球にいかしていた。「なるべく長く(球を)持って投げたい」と、打者のより近くで投げるという意識を大事にした。わずか数センチでも打者との駆け引きは大きく変わってくる。

 さらに、キャッチボールの重要性も説いた。投手なら、毎日ブルペンで投球練習をしないと上達しないのではないか。そんな誤解を否定する。「キャッチボールを大切にしてください」と話し、「対角線を意識する」ように説明。右投手は右打者の外角低めに投げ込むイメージで、相手の向かって左側、つまり外角に投げるように指導した。「球が抜けないように」というのが基本だ。

 そのうえで「投げ方を変える必要はない。意識を持つだけでも変わる。すごく良くなります」と語りかけた。基本ができれば、安定感が増す。どんな状況でも一定のパフォーマンスができるように、小手先でコントロールを付けず、下半身から連動する意識で投球の基本を説いた。時には「良い球投げたくない?」と高校生の心をくすぐり。「もう少し頑張ろう」と背中を押したり。だが一方で、全員を必ずチェックして「痛いときは言ってください。無理してはダメだよ」と何度も繰り返した。

 近藤氏は若い時期からけがに悩まされ、オリックス時代に4年連続で手術を受けるなど、一時は育成選手になったこともある。それでも2008年には先発で10勝。さらにヤクルト移籍後の18年には最優秀中継ぎ投手のタイトルも獲得している。ケガを克服して、何度も壁を乗り越えてきたから、説得力と根拠がある。

 改めて練習の意図などを聞いてみた。

 ―指導した感想は。
 「基本的な動き、股関節の可動域をポイントに置きましたが、動かせている習慣がないなというのが第一印象。可動域が狭いというのは今はマイナスですが、マイナスに捉えないで、これから伸びしろと捉えてもらいたいということを伝えました」

 ―選手の表情はどうだったか。
 「普段動かさないパーツを動かしたので、しんどそうな顔をしていますが、1球1球投げるという労力を考えると、それぐらいのところを動かさなければ思い通りの球は投げられないというのが実感できたと思います」

 ―今後も定期的に見る。
 「できれば定期的に見られれば、選手たちも上手になっているのが僕も分かるし、1回で上手になることはなかなかないので、続けていく習慣にもなると思うので定期的に見ていきたい」

 ―指導をすることに対して、どう思うか。
 「僕は上手に野球選手をしてこれなかった。ケガをしていたんですが、ある意味、ケガをして壁に当たっての繰り返しの野球人生の中で、逆にケガをしたことを長所に、そのタイミングで1回1回勉強ができた。それを還元できれば、今の若い選手がケガをせずに野球人生を送れるのではないかな、と。そういう指導をしたい。楽しい野球をしてほしいので、指導するチャンスがあればと思っています」

 ―けがをしないためにも可動域は重要な話。
 「投げた負担、反動でケガをするのが野球選手のケガの一因。可動域が狭いのに、いつもより出力を上げた時、可動域を超えてケガにつながってしまう。可動域を広げておけば、ある意味で準備、負荷を逃がせる場所が可動域で広がるので、ケガをしにくくなる。固いからダメ、柔らかいから良い、という訳ではないですが、全力で投げるために、逃がせる場所をつくっておかないとダメなので」

 ―今後につながった1日になった。
 「僕自身も、若い成長期のこの時期に少し不具合が出たりした。成長期なのでタイミングのずれとか、自分の感覚もずれてくるんですが、知っているか、知っていないかで全然違うと思う。こういう時期なので、安定しないのはこういうことだよ、ということも教えることができる。(資格回復して)高校生や大学生に教えることで、本人の引き出し、気持ちの準備ができるのかなと思うので、その意味でも僕自身も広がった1日だった」

 ―内田監督も指導を喜んでいた。
 「僕の高校時代もそうですが、元経験者にきちんと教えて頂ければ、また違う野球人生だったかもしれないと思うと、早い段階で今日みたいな出会いがあったので、その意味で若い、この時期に出会えて、また違う野球人生になるのかもしれないと思うと僕もうれしい」

 根底にあるのは、手にした経験を何とか、野球界に還元したいという思い―。ヤクルト退団後の21、22年には独立リーグ・香川で兼任コーチという肩書きでプレーもした。指導というものに興味が出てきたことで今回、指導者の資格回復研修を受けた。見据える先には、本格的な指導者への道がある。

 同時に社会勉強にも励んでいる。現在はフリーの立場で、自らイベント会社と打ち合わせをしたり、スケジュール管理や社会の仕組みなど今まで知らなかった社会人生活も学んでいる最中。「自分は高校からプロに入って未熟な部分が多い。今は全ての面で勉強させてもらっていると思っています」。将来へ向けた第一歩。高校生指導には、様々な思いが詰まっている。近藤氏の目は、高校球児と同じように輝いていた。

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