【内田雅也の追球】阪神・岡田監督の野球観 「地獄」を知った救世主が「天国」で活躍する

[ 2023年6月3日 08:00 ]

<神・ロ 雨天中止> 練習を見守る岡田監督(撮影・大森 寛明)
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 作詞家・阿久悠が愛するタイガースを題材にスポニチ本紙で小説『球心蔵(きゅうしんぐら)』を連載したのは1997年2~7月だった。「暗黒時代」などと呼ばれた低迷期だった。

 小説では長年の低迷を脱し、阪神が快進撃を演じて優勝を果たす。実在の人物がモデルで阪神の監督は村雨烈の後を継いだ岡安良雄。むろん村山実と岡田彰布だ。登場人物は誰でも特定できる。

 シーズン中、ターニングポイントとなったのが6月に入っての雨天中止だった。<善戦づかれ>で貯金を使い果たした時期に恵みの雨が降った。岡田は甲子園での練習後、神戸・三宮のバーで一杯やった。同じ日、2軍監督・西本幸雄は自ら鍛えた10人を呼び、1軍昇格を告げる。若手もベテランも外国人もいた。

 「プロには、天国と地獄以外の普通の土地というものがない」と西本は長い話を始める。岡田から「地獄の存在を知らない者に天国の価値はわからない」と言われ「地獄の番人」を務めたのだという。そして「さて、みなさん。天国へ上がって行ったら、恐い顔をして野球をやって下さい」と送り出すのである。

 この2軍から昇格した選手たちの活躍で再び快進撃が始まるのだった。

 この小説は何ともプロ野球の、そして阪神の真実を突いている。「地獄の存在を知らない者に天国の価値はわからない」は実際に岡田の野球観に通じている。

 岡田は現役引退後の96年、オリックス2軍助監督から指導者となり、阪神でも2軍助監督、監督を務めた。2軍での指導経験は7年に及ぶ。1軍監督に初めて就いた2003年オフ、「2軍で若手が育っていくのが楽しみで、思い出に残る」と語っていた。

 さて、遠征先・東京から帰阪したこの日、大雨でロッテ戦(甲子園)は中止となった。西武に連敗した前夜「ズルズルいく」と危機感を募らせた岡田だが、これまでは遮二無二勝ちにいっていない。どこか余力を残して戦ってきている。

 何しろ、2軍で調整、強化する戦力が控えている。青柳晃洋や秋山拓巳、糸原健斗や原口文仁らがいる。西純矢や先発転向となる新人・富田蓮、新外国人ジェレミー・ビーズリーもいる。機会をうかがう選手は多い。

 雨音を聞きながら、「地獄」を知った者たちが救世主となり「天国」で活躍する構図を思い描いた。 =敬称略=
 (編集委員)

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