瀬立モニカが決意新た「医者になりたい」 メダル獲得との両立目指す「挑戦したい」

[ 2021年9月4日 13:12 ]

東京パラリンピック第12日 カヌー ( 2021年9月4日    海の森水上競技場 )

<パラリンピック カヌー>・スプリント女子カヤックシングル(運動機能障がいKL1)決勝、 7位となった瀬立(撮影・木村 揚輔)
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 女子カヤックシングル200メートル(運動機能障がいKL1)決勝が行われ、瀬立モニカ(23=江東区協会)は57秒988の7位に終わり、初メダルを逃した。初出場で8位に終わった16年リオデジャネイロ大会から5年。目標としていた「金メダルを獲る」ことはできなかったが、全力でパドルをこいだ。

 ゴール直後、瀬立はその場を動かなかった。「夢の舞台だった。その余韻につかっていたいというか。この時間を少しでも長く、水面から感じ取っていたいなという思いが強かった」。江東区出身の瀬立にとって「庭ですね」と表現する江東区海の森水上競技場で、レースができた喜びをかみ締めた。

 これまで何度も練習を重ねてきたスタートダッシュは「力んでしまったかな」と勢いがなかった。それでも、中盤から後半にかけては伸びを披露し、「粘ることができた」と振り返った。

 2日に行われた予選は1分00秒180の2組4着。準決勝に進んだが、気持ちに不安があった。「寝られなかった。寝ていても、心臓の鼓動で10分おきくらいに目が覚める」と打ち明け、「今日も、なかなか戦う覚悟に自分の気持ちが向けられなかった。(準決勝の)レース1時間前くらいまで、棄権届を持ってきてもらおうかみたいな。そういうレベルで追い込まれていた」と明かした。

 そんな時、指導してもらっている西明美コーチ(52)ら周囲に「覚悟を決めろ」と背中を押してもらった。そこから「前向きにさせてくれた」と堂々とレースに挑み、1時間後に行われた決勝に進んでいた。

 今後については「やっぱり、メダルを獲らないとカヌーはやめられないかな」。24年パリ大会へ視線を向ける一方で、もう一つの目標がある。「医学部に入って、医者になりたい」。東京パラの延期を受けて、休学していた筑波大に昨年4月から復学。緊急事態宣言発令後から約半年間にわたる沖縄・大宜味村での合宿と並行し、オンラインで大学の講義を受講した。

 メダル獲得に向けての練習と、医学の道を目指すための勉強との両立。「大変な道のりになると思うけど、挑戦したい」。23歳は決意を新たに、これからもパドルをこぎ続ける。

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