渡辺一平に宿るレジェンドのDNA 小2から磨いた林亨の水つかむ技術

[ 2019年7月17日 10:00 ]

2020THE STORY 飛躍の秘密

渡辺一平(撮影・小海途 良幹)
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 韓国・光州で開催されている水泳の世界選手権は21日から競泳がスタートする。注目は男子200メートル平泳ぎ(25日予選と準決勝、26日決勝)で金メダルを狙う渡辺一平(22=トヨタ自動車)だ。現世界記録保持者の原点を探ると、92年バルセロナ五輪から3大会連続五輪出場の林享氏(44=東海学園大監督)と、04年アテネ五輪、08年北京五輪で2大会連続2冠を達成した北島康介氏(36)の平泳ぎのレジェンドとの意外な接点が浮かび上がった。

 山と海に囲まれた自然豊かな環境。大分県の東海岸に位置する津久見市で渡辺は生まれ育った。3人の姉がいる4人姉弟の末っ子。2、3番目の姉が地元の津久見JSCに通っていた影響で、小学1年から水泳を始めた。2年生になると、選手コースに入り、本格的に競技をスタート。現役時代に平泳ぎを専門としていた小野信一郎コーチ(44)との出会いで、歴代の平泳ぎスペシャリストのDNAを継承する物語が幕を開けた。

 小野コーチは大分大の水泳部出身。元日本記録保持者で3大会連続で五輪に出場した林氏と同期生だった。自身の成長のヒントを得ようと、92年バルセロナ五輪の100メートル平泳ぎで4位に入った実力者の泳ぎを徹底研究。何度も繰り返し映像を見て、目をつけたのが「スカーリング」だった。手のひらと腕を使って水を捉え、推進力を生み出す技術。アーティスティックスイミングでは浮力を得るために使われ、飛行機の翼が揚力を生むのと同じ原理とされる。

 小野コーチは「林享君は極端に言えばスカーリングの技術だけで前に進んでいる感じでした」と解説。「自分は古い泳ぎ方が体に染みついていて習得できなかったが、指導者になってからは意識的にスカーリングを教えてきました。(渡辺)一平は水をつかむ感覚がずばぬけて良かった。林享君の技術が継承されている部分は大いにあると思います」と強調した。

 津久見JSCの練習は週6回。屋外の長水路(50メートル)プールが使える5~10月は1日平均6~7キロ、冬場も小野コーチが車で約30分かけて隣接する佐伯市内にある屋内プールまで引率して約3キロを泳いだ。少ないストローク数を意識させることで、スカーリング技術を高めるメニューも積極的に取り入れていた。小野コーチは「当時は限界まで追い込めていない選手に厳しい言葉を掛けることもありました。一平もゴーグルに涙をためながら泳いでいましたね」と回想する。渡辺は順調に力をつけ、小学3年の春には県大会の9歳以下の部で優勝。津久見JSCに所属した6年間で、伸びのある大きな泳ぎの土台ができた。

 意外な接点があったのは、林氏だけではない。100メートルと200メートル平泳ぎで04年アテネ五輪、08年北京五輪で2大会連続2冠を達成した北島氏も、少年時代の渡辺に大きな影響を与えた一人だ。07年7月、翌年に控える大分国体に向けてリニューアルされた別府市内のプールで開催されたイベント。北島氏と、中村礼子氏(04年アテネ五輪、08年北京五輪で2大会連続200メートル背泳ぎ銅メダル)がゲスト出演、小学生4人とのリレー対決が実施された。

 北島氏は平泳ぎ、中村氏は背泳ぎで100メートルずつ泳ぎ、小学生軍団は自由形で50メートルをつなぐ変則ルール。小学5年だった渡辺はアンカーを務め、接戦の末に北島氏に先着した。レース後には直接言葉を掛けられて健闘を称えられている。小野コーチは「中村さんも北島君も、まあまあ本気で泳いでいたように見えました。一平はテレビで見て憧れていた北島君に会えて本当に喜んでいました。あの時に五輪に出場したいという気持ちが芽生えたらしいです」と明かした。渡辺は現在もメールアドレスに「リスペクト北島康介」を意味する「re―kk」を入れるほど尊敬している。

 北島氏は9歳の頃に所属していた東京SCの練習に、憧れの存在だった林氏が参加して一緒に泳いだことを機に、五輪への思いを強くしている。その北島氏に感化されたのが、10歳の頃の渡辺だった。東京SCで指導者として多くの選手を育てた現日本水泳連盟会長の青木剛氏(72)が、渡辺にとって佐伯鶴城高の大先輩にあたることも何かの縁を感じる。小野コーチは「日本の競泳界の平泳ぎは林享君から北島君にバトンタッチされた。次は北島君からバトンを受けた一平が世界で活躍してくれたら素晴らしいですね」と思いをはせた。20年東京五輪に向け、平泳ぎスペシャリストの系譜は脈々と受け継がれている。

  【世界選手権「記録大幅に更新」狙う】世界選手権の男子200メートル平泳ぎで、渡辺の最大のライバルとなるのが、同じ97年生まれのアントン・チュプコフ(22=ロシア)だ。17年世界選手権ブダペスト大会の覇者で、今季から新設されたワールドチャンピオンシリーズでも第1戦広州大会、第2戦ブダペスト大会で渡辺に先着して連覇を達成した。ラスト50メートルの驚異的な追い込みが持ち味で、自己ベストは2分6秒80。渡辺の保持する2分6秒67の世界記録に肉薄する。

 渡辺は4月の日本選手権でセカンドベストとなる2分7秒02を記録。好調を維持しているが「このタイムでは世界選手権で金メダルは獲れない」と危機感を募らせる。ライバル撃破に向け、150メートルまでに大幅にリードして逃げ切る展開をイメージ。「世界記録を大幅に更新しようと思って強化をしてきた。2分5秒台を出せればと思っている」。優勝すれば20年東京五輪出場が内定する大一番は、ハイレベルな高速決着が期待できそうだ。

 ◆渡辺 一平(わたなべ・いっぺい)1997年(平9)3月18日生まれ、大分県津久見市出身の22歳。小学1年時に津久見JSCで水泳を始める。津久見第一中、佐伯鶴城高、早大を経て、今年度からトヨタ自動車入社。17年1月の東京都選手権の200メートル平泳ぎ決勝で、2分6秒67の世界記録。16年リオデジャネイロ五輪の同種目6位。家族は両親と姉3人。1メートル93、76キロ。足は30センチ。血液型A。

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