歩夢、スケボーも日本一!スノボと“二刀流”夏冬五輪へ前進

[ 2019年5月13日 05:30 ]

スケートボード 日本選手権最終日 ( 2019年5月12日    新潟県村上市 スケートパーク )

華麗な滑りを見せる平野(撮影・西海健太郎)
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 東京五輪の強化指定選手選考会を兼ねて行われ、男子パーク決勝は地元・村上市出身でスノーボード男子ハーフパイプ五輪2大会連続銀メダルの平野歩夢(20=木下グループ)が65・70点で制した。3位だった3月の日本オープンの結果と合わせてもトップに立ち、3位以内の選手に与えられる国際大会の出場権を獲得。“二刀流”の参戦からわずか2カ月で頂点まで上り詰め、日本人で5人目となる夏冬両五輪出場へ前進した。

 ラスト1本の40秒間のラン(演技)を残して優勝のアナウンスを聞いた平野は、軽くボードを掲げて地元の声援に応えた。そして、いつも通りイヤホンをつけて、ウイニングランを滑りだした。
 「挑戦。スケートボードをやっている以上はそういう気持ちでやっている。2、3本目はやってやろうという気持ちがありました」

 前日の準決勝と大きく構成を変えずに滑った1本目は、安定したエアの高さと精度で他の選手を突き放す65・70点をマーク。2本目は板を回転させるキックフリップで失敗したが、優勝を決めた後の最終3本目は回転の難易度をさらに上げた。着地できずに得点は伸びなかったが、平野の挑戦がそこにはあった。

 3月の日本オープンは「十何年ぶり」のスケートボード参戦で3位。それからわずか2カ月足らずで頂点に立ったが、スノーボードと「全く別物」の両立を目指す過程は「何かを失いながらの戦い」という。コンクリート相手ではケガのリスクが付きまとう。「細かい傷が日に日に積み重なる」練習を経て、今回も約1週間前に捻挫した左手首を固定しながらの強行出場だった。

 本職への不安もある。スノーボードの選手の勢いや好結果を耳にすることもあり「(両立に)正しい答えが待っているわけではないし、どっちも中途半端になる可能性だってある」と吐露。それでもあえてイバラの道に進むのは「結果よりも、もっと先にある自分の強さ」を求めるからだ。

 強化指定選手に入り、五輪ポイントランキングに大きく関わる6月のデュー・ツアー(米国)の出場権を得た。日本オープンに出場した際は「一歩まではいっていない」と話したが、この日は「進めた実感がある」。平野が世界へと続く確かな一歩を踏み出した。

 ▽東京五輪への道 男女のパーク、ストリートの4種目で、出場枠は各20人。1種目当たり1カ国最大3人まで。東京五輪直近の世界選手権の上位3人が最優先で確定し、残りは国際大会で得られるポイントのランキングで出場が決まる。同ランクは19年1月1日から20年5月31日の成績が対象。各種目1枠ずつ開催国枠もある。

 ▽東京五輪でのスケートボード 「ストリート」と「パーク」の2種目。ストリートは街中にある斜面や階段、手すりを模したコース、パークは深さや角度が異なるくぼ地を組み合わせたコースを使用。採点はトリックの難易度や独創性などを評価する。

 【平野 歩夢(ひらの・あゆむ)】
 ☆生まれとサイズ 1998年(平10)11月29日生まれ、新潟県村上市出身の20歳。開志国際高を卒業して現在は日大スポーツ科学部に在籍。3人兄弟の次男。1メートル65、50キロ。
 ☆競技歴 4歳でスケートボードとスノーボードを始める。父・英功さんが地元で室内スケートボード場「日本海スケートパーク」を運営していたことから、幼い頃から横乗り系スポーツに親しむ。
 ☆実績 15歳で出場した14年ソチ五輪スノーボードHPで冬季五輪の日本人史上最年少表彰台となる銀メダル。18年平昌五輪でも同種目で銀メダル。スケートボードは練習の一環だった。

 【ソチで平昌で銀 平野の冬季五輪】
 ▽14年ソチ五輪 3回目にキャブダブルコーク1080(利き足と逆のスタンスで軸をずらしながら3回転)を決め、93・50点。 ユーリ・ポドラドチコフに1・25点及ばず銀メダルも、冬季五輪雪上競技史上最年少でのメダル獲得となった。
 ▽18年平昌五輪 2回目に五輪史上初めてとなる1440(4回転)の連続技に成功して95・25点。最終滑走のホワイトも平野と同じ連続技に初成功。97・75点を出され、2大会連続の銀メダル。

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