浅地 マンデーから初V「よく耐えた」、全英切符獲った

[ 2019年5月13日 05:30 ]

男子ゴルフツアー アジアパシフィック・ダイヤモンド・カップ最終日 ( 2019年5月12日    千葉県 総武CC総武C=7333ヤード、パー71 )

ダイヤモンド・カップ最終日 初優勝を決め優勝トロフィーを手に笑顔を見せる(左から)智子夫人、浅地、母の伸子さん(撮影・西尾 大助)
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 首位スタートの浅地洋佑(25=フリー)はショットに苦しみ、1バーディー、2ボギーの72とスコアを落としたが、通算3アンダー、281でプロ8年目で初優勝を果たし、7月の全英オープン選手権の出場権を獲得した。海外メジャー切符は自身初めて。68と追い上げた東北福祉大2年の米沢蓮(19)は1打及ばず松山英樹(11年・三井住友VISA太平洋マスターズ)以来のアマチュア優勝はならなかった。

 苦しんで、耐えてつかんだ優勝のうれしさが最終18番、パーパットを決めた後のガッツポーズに表れていた。浅地は6人目となるマンデー(予選会)からの優勝を「よく頑張った、耐えたと、自分に言いたい」と実感を込めた。スタートからショットが安定せず、1パットで拾ったパーが10回、特に13番以降は4ホールをバンカーから寄せてしのぎ「バンカーショットとパットのおかげで勝てました」と振り返った。

 東京・杉並学院高で石川遼の2学年後輩。高校2年の時に同大会で9位となり注目を集め、プロ1年目の12年にシード権を獲得する成績を収めたが、翌年にシードを喪失。その後は不振が続きシード復帰に5年かかった。「やめようと思い、お酒に頼ったこともあった」と打ち明けた。

 グリーン上のインタビューでは3月に結婚式を挙げた智子さん(25)、そして女手一つで浅地を育てた母・伸子さん(64)が並んだ。伸子さんは浅地のジュニア時代に連日、ゴルフ場へ送り迎えし、不振でゴルフをやめることを相談された時には「あんたが(会社で)働けるわけない」と怒って激励した。何よりの母の日の贈り物をもらい、「びっくりするくらいの、一生分のプレゼントです」と喜んだ。

 ◆浅地 洋佑(あさじ・ようすけ)1993年(平5)5月24日生まれ、東京都出身の25歳。杉並学院高卒。6歳でゴルフを始め、08年日本ジュニア優勝、11年日本アマ3位。12年にプロ入りしチャレンジツアーで優勝。賞金ランク67位でシード権獲得も翌年はシード落ち。17年にシード復活し、18年は56位。1メートル69、68キロ。

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