八村塁がノミネートされたウッデン賞の歴史的な重み 候補者になること自体の価値と意味

[ 2019年2月11日 13:25 ]

ウッデン賞の候補に残っているゴンザガ大の八村(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1974年1月19日。日本ではその1カ月前にリリースされた井上陽水の「氷の世界」がヒットし、プロ野球界では巨人の長嶋茂雄が現役最後の自主トレに汗を流していた。

 米インディアナ州サウスベンドの気温は2度。そして肌寒い冬空の下で全米大学男子バスケットボールのノートルダム大対UCLA戦が始まっていた。

 試合はここまで約3年間にわたって不敗を誇っていたUCLAが後半の残り4分まで70―59とリード。勝敗は決したかに見えていた。

 しかしノートルダム大の選手たちは地元1万1343人のファンの声援を受けて奮起。ここから連続12点を奪い、残り29秒にガードのドワイト・クレイが右のコーナーからジャンプシュートを決めたところで71―70と試合をひっくり返した。

 UCLAはその後、NBAのトレイルブレイザーズとセルティクスでファイナル制覇に貢献する2メートル11(実際の身長は2メートル16前後)のビル・ウォルトンにすべてを委ねたが、距離3・6メートルで放ったシュートはリングに嫌われて失敗。その瞬間、コートにノートルダム大の学生とファンがなだれこんで劇的な幕切れとなった。

 UCLAは1971年1月23日に同じくノートルダム大に敗れてから、この日まで通算88連勝。しかし今もなお全米大学男子バスケ界に残っている連勝記録は予期せぬ形でピリオドを打ち、ニューヨーク・タイムズ紙のスポーツ面でもトップ扱いになるなど、この日は全米が驚がくする1日となった。

 主役はもちろんノートルダム大。しかし多くの人がUCLAを率いていたジョン・ウッデン監督(当時63歳)の「運命」を語りあう試合にもなった。

 全米大学選手権で7連覇を含む10回の優勝を達成している名将は、実はインディアナ州の出身。パデュー大卒業後はケンタッキー州の高校で2年間、バスケットボール・チームを率いていた。その後は故郷にUターンし、第二次世界大戦で従軍(陸軍)するまで国語の教師を務めながらサウスベンドの高校で監督となっていた。

 大記録が途絶えた場所がよりによって自分の故郷。さぞかし無念の思いを抱いたことだと思う。

 それでも当時の記事を読んでみるとウッデン監督はこんなことを話していた。

 「記録のために試合をやろうとしたら、それは意味のないものになる。そんなものはいつか終わることはわかっていたよ」

 淡々としたコメントの中に監督、選手、そしてチームが本来目指すべきものが暗示されているように思う。名将と呼ばれる人たちが評価されるのは勝ち続けているときではなく、むしろ負けたときにどう対処してきたか…。3年ぶりに味わった敗戦の中でもまったくぶれないその姿勢こそ、ウッデン監督の“底力”だったように思う。

 UCLAを27シーズンにわたって率いて、88連勝を記録した指揮官は2010年6月4日、老衰のため99歳で死去。しかし勝ったときも負けたときも米国の注目を集め続けた指揮官の名前は、1977年からそのシーズンで最も活躍した選手に与えられる賞の名前(ジョン・ウッデン賞)となって現在もなお受け継がれている。

 過去の受賞者はスーパースターばかり。ラリー・バード(インディアナ州立大→セルティクス)、マイケル・ジョーダン(ノースカロライナ大→ブルズ)、デビッド・ロビンソン(海軍士官学校→スパーズ)、ケビン・デュラント(テキサス大→スーパーソニックス=現サンダー)とのちにNBAの看板選手となった面々が受賞者リストにその名を連ねている。

 そして今季は現段階でゴンザガ大の八村塁(3年)が20人の候補の中に残っている。選考は3月初旬に候補選手を15人に絞り込み、受賞者が決まるのは4月12日。ただし日本から海を渡った若者が、開幕前の50人の候補の中から20人の中に残っているだけでこれは評価に値する日本スポーツ界の快挙であると思う。

 八村の所属するゴンザガ大(21勝2敗)はAP通信のランキングで4位。ここまで14連勝を飾っている。AP1位のテネシー大(20勝1敗)も18連勝中。とは言ってもUCLAの88連勝には遠く及ばない。それでもウッデン監督は「記録のために試合をするなら意味のないものになる」と言ってくれるだろう。

 シーズンも終盤を迎えているが、ぜひ全米の頂点を目指して頑張ってほしいところ。たとえ受賞できなくても、天国にいる名将はここまでの選考で残ってきた20人に「勝者と敗者」で線引きなどしないはず。そう、八村はすでに「氷」ではなく「光」の世界に足を踏み入れている。さあ、もうひと頑張りだ!

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。昨年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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