「サインはV」鬼コーチ、中山仁さん死去…77歳、肺腺がん

[ 2019年11月12日 05:30 ]

俳優の中山仁(じん)さん
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 1960~70年代のスポ根ブームを象徴する人気テレビドラマ「サインはV」の熱血コーチ役などで活躍した俳優の中山仁(なかやま・じん、本名中山仁平=なかやま・じんぺい)さんが10月12日午後5時25分、肺腺がんのため東京都内の自宅で死去した。77歳。東京都出身。葬儀・告別式、お別れの会は故人の遺志で行わない。

 所属事務所と遺族が相談して11日、公表した。事務所には「足を悪くして療養中」と説明していたという。2017年、「青汁」のCMが最後の仕事となった。

 早稲田大中退後、文学座養成所に入り、劇団「NLT」を経て三島由紀夫らと「浪曼劇場」を設立。1965年、フジテレビドラマ「乱れる」で故南田洋子さんの相手役としてデビュー。当初は「梶原仁」名義だったが、番組終了と同時に中山仁に改めた。

 東京五輪後、バレーボールが日本のお家芸として定着していく中、実業団チームの活躍を描いたTBS「サインはV」で鬼コーチの牧圭介役を好演。岡田可愛(71)や中山麻理(71)らが演じた選手がしごきを乗り越え、成長する姿が視聴者の心を打った。後年、インタビューで「彼女たちは腕も脚も内出血してかわいそうだった。それでも牧コーチはどなるんだから、ひどい役だったね」と気遣う優しさも見せていた。

 面長のくっきりした目鼻立ち、太く渋い声、顎を引いたきりっとした表情の正統派イケメン。鬼コーチが代名詞となった時期もあったが、医者や学者のエリート系から、影のある悪役など幅広く演じた。TBS「ウルトラマン80」では、地球防衛軍のオオヤマ隊長役を務めた。TBS「七人の刑事」のほか、映画や舞台でも活躍した。総合感冒薬「コンタック」のCMでのコミカルな演技でも注目された。

 私生活では俳優の寺田農(77)の妹で元女優の史夫人と結婚。娘の中山玲(48)は女優という俳優一家でもあった。

 ≪スポニチ本紙釣り面にも登場≫中山さんの趣味は釣り。84年3月に、本紙の釣り面に登場していた。神奈川・真鶴沖で前年から始めたばかりのマダイ釣りに挑戦。磯釣り歴6年の腕前を生かして挑んだが、水温の低下に見舞われてマダイは釣れず。しかしアラを1匹釣り上げた。「今度は自分の仕掛けで納得いくまでやってみる」と、帰り際に次回の予約をしていくなど凝り性な一面をのぞかせていた。

 ◆肺腺がん 肺腺がんは肺がんの中で最も多く、肺の末梢(まっしょう)部分に発生しやすい。臓器の「分泌腺」に発生するもので、進行するまで症状が出にくい。タバコを吸わない人もなる可能性がある。症状としては血痰(けったん)、発熱、全身の倦怠(けんたい)感などがある。肺がんの治療は主に外科的手術、抗がん剤などの化学療法、放射線療法の3つがあるが、肺腺がんは化学療法、放射線療法が効きにくい。結果として外科的手術が施されることが多い。

 ▽「サインはV」 69~70年にTBSで放送。64年東京五輪での「東洋の魔女」金メダルや、68年メキシコ五輪での男子代表の銀メダルによるバレーボールブーム真っただ中、平均視聴率32・3%、最高39・3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。主人公は岡田可愛が演じた朝丘ユミ。故范文雀さんが演じたジュン・サンダースとの「X攻撃」や「稲妻落とし」などの必殺技も人気に。「柔道一直線」「金メダルへのターン!」などと並び、実写スポ根ドラマの草分け的番組となった。

 ◆中山 仁(なかやま・じん)本名中山仁平。1942年(昭17)9月25日生まれ、東京都出身。66年「ひき逃げ」で映画デビュー。67年、映画初主演の「宴」で2・26事件を首謀した将校役を演じるなど、純粋な青年役でブレーク。67年「囁きのジョー」、74年「伊豆の踊子」などにも出演。ドラマは78年「八甲田山」、97年「踊る大捜査線」「ふぞろいの林檎たち4」、11年「江 姫たちの戦国」などに出演。

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