兆治魂受け継ぐ!巨人・菊地 離島甲子園出場者初のプロ選手として「島の子供たちに夢を与える」

[ 2022年11月13日 05:30 ]

ブルペンでフォークの握りを見せる菊地(撮影・川島 毅洋)
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 兆治魂を受け継ぎます!巨人の菊地大稀投手(23)が12日、秋季キャンプが行われている宮崎で、11日に亡くなった村田兆治さん(享年72)への感謝と遺志を継ぐ決意を口にした。故人が開催した離島甲子園の出場選手で初めてプロ選手となり、交流もあった右腕。村田さん直伝の「マサカリフォーク」で、2年目の飛躍を誓った。

 衝撃の悲報から一夜。菊地が南国・宮崎のブルペンで、悲しみを乗り越えるように村田さん直伝のフォークを捕手のミットに投げ込んだ。「とにかくしっかり腕を振ること。緩まないように」。それが故人の教えだった。

 11日朝、起床してすぐ衝撃のニュースを知った。「信じられなかったです。自分がプロを目指すきっかけになった。夢をくれた人なので凄く悲しいです」。新潟県佐渡市出身の菊地は、中3時に同市選抜メンバーとして、村田さんのライフワークだった離島甲子園に出場。佐渡高から、桐蔭横浜大を経て昨秋、育成6位で巨人入り。離島甲子園出場者では初めてプロの世界に飛び込んだ。1年目の今季、4月に支配下登録され16試合に登板。最速154キロの直球を武器に、今後のブレークを予感させた。

 プロ入り直前に対面した際、マサカリ投法の代名詞だったフォークの握りなど、極意を教わった。常に右腕のことを気に掛けていた村田さん。6月7日の西武戦でプロ初黒星を喫すると電話で「負けることは悔しいから、しっかり練習をして周りを見返せるようにな」と鼓舞された。ブルペン投球を終えた菊地は「自分の持ち味のスライダー、真っすぐが生きる。このオフでもっともっと使えるようにしていきたい」とフォークに磨きをかけることを誓った。

 受け継ぐのは伝家の宝刀だけではない。佐渡で18年間過ごし、大学入学まで電車に乗ったこともなかった青年が、東京ドームのマウンドに立つまで成長した。「“夢を諦めない”。それを思ってきたからこそ、こうしてジャイアンツの一員でやれている。その言葉は一生忘れない言葉だと思います」と言った。

 無念のまま、この世を去った恩人。「村田さん自身が悔しいと思うんですけど、自分が島の子供たちに夢を与えられるようにやっていきたい」。武骨で、一本気で、真っすぐだった村田さんの思いを、菊地が次世代に伝えていく。(花里 雄太)

 ◇菊地 大稀(きくち・たいき)1999年(平11)6月2日生まれ、新潟県佐渡市出身の23歳。小3から野球を始め、真野中3年で佐渡市選抜のエースとして離島甲子園に出場。佐渡では甲子園出場なし。桐蔭横浜大を経て昨秋の育成ドラフト6位で巨人入り。今年4月に支配下契約となり、16試合に登板、0勝2敗、防御率5.60。1メートル86、89キロ。右投げ左打ち。

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