【内田雅也の追球】「悦び」抱き「待つ」日々送った岡田新監督 阪神歴代監督就任時最高齢も、まだまだ若い

[ 2022年10月17日 08:00 ]

<阪神岡田監督就任会見> 就任会見を終え笑顔でポーズをとる岡田監督(撮影・大森 寛明)
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 映画『幸福の黄色いハンカチ』(1977年、監督・山田洋次)で、網走刑務所から出所した島勇作(高倉健)が昔、暮らしていた夕張が近づくと「引き返す」と言い出す。妻・光枝(倍賞千恵子)の方は毎朝、約束の目印にした黄色いハンカチをこいのぼりのさおに掲げて暮らしている。

 勇作は光枝が待っていてくれるのか、不安に襲われる。光枝の方は刑期を終えれば必ず帰ってくるのを楽しみに待っている。同じ「待つ」という行為でも、不安と喜びで好対照だと言える。

 岡田彰布は勇作であり光枝であった。2008年に優勝を逃した責任から辞任してから、足かけ15年。長い「待つ」日々を過ごしてきた。必ず監督として返り咲くという期待と、本当に次の機会は巡ってくるのかという不安。阪神の監督問題が取り沙汰される度、心は揺れていただろう。

 それでも待っていた。一つは必ず次の出番があると信じていたからだ。阪神には監督は2度務める慣習がある。歴史的にみて、松木謙治郎、若林忠志、金田正泰、村山実……ら退任後に復帰した前例が8人いる。吉田義男は3度就任している。セカンドチャンスはあるはずだと信じていた。

 幾度か復帰の芽があった。たとえば、2014年の終盤、監督・和田豊が進退伺を提出。後任に岡田の名があがった。球団は決断に迷い「2位なら続投」の基準を設けた。3位広島が最終戦で巨人に敗れ3位。阪神はタナボタ2位となり、岡田の復帰は消えた。当時、残念会となった酒席で「ふーん」と素知らぬ顔で焼酎を飲んでいた。

 無念や不安を打ち消し、忘れようとしていたのか。阪神など知ったことではないと、ゴルフや宴席に出向いていた。

 比較文学者・四方田犬彦がその名も『待つことの悦(よろこ)び』(青玄社)で<期待と忘却とは、さながら双子の姉妹のようだ>と記している。<待つことが苦痛であるとき、忘れることは魂の慰めである>。

 調べてみると、来月65歳となる岡田は阪神歴代監督で就任時、最高齢である。野村克也63歳、吉田義男63歳、藤本定義61歳、岸一郎60歳らをしのぐ。これには驚いた。
 岡田は全く老け込んでもおらず、まだまだ若い。それは「待つ」日々を「悦び」を抱き、前向きに過ごしてきたからだとみている。 =敬称略= (編集委員)

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2022年10月17日のニュース