【日本シリーズ戦記 1990年「巨人―西武」】「槙原奇襲先発」スクープの裏側 通風口から見た風景
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その瞬間、満員の東京ドームがどよめいた。1990年日本シリーズ「巨人―西武」開幕戦。プレーボールの30分前、両チームのバッテリーを伝える場内アナウンス。西武に続いて巨人のバッテリーが発表された。
「後攻の読売ジャイアンツ、ピッチャー 槙原…」
予告先発のない時代。大方の予想では2年連続20勝のエース斎藤雅樹だったが、藤田元司監督の選択は違った。3年ぶりの盟主対決の勝負手は「槙原奇襲先発」だった。巨人ファンの驚きは約45分後、ため息に変わった。初回、2死一、三塁。槙原がカウント3ボールからオレステス・デストラーデに痛恨の3ランを被弾。この衝撃の1発をきっかけに巨人は崩壊。屈辱の4連敗で連続日本一の夢が砕け散った。30年前の舞台裏を槙原寛己氏(本紙評論家)が明かした。(役職は当時、敬称略)
~シリーズ3日前、藤田監督「マキ、初戦はお前で行く」~
40代以上の巨人ファンには忘れられないシリーズ4連敗の屈辱。藤田監督はシリーズ後「(ペナントレース)88勝が22勝ずつ消えていったシリーズだった」とうめくように語ったが、槙原氏にとっても“大舞台の記憶”は頭にこびりついて離れない。
「巨人が初戦を取っていれば逆の目が出てもおかしくなかったけど。どっちが勝っても4勝3敗とも思っていた。ほんとあの1発で…責任感じてます。四球出したくなくてスーッと行ったらホームラン打たれますよね」
3年ぶりのGLシリーズ。巨人の開幕投手の本命は2年連続20勝のエース斎藤と見られていた。槙原の先発は「奇襲」といわれたが、藤田監督から伝えられたのはいつだったのだろうか。シリーズ3日前の10月17日。シリーズ合宿中のジャイアンツ球場ブルペンで槙原、斎藤雅、桑田真澄らの先発陣が一斉に投球練習を行った。
「誰がいくか。間が空いていたので誰が頭に行くかは分からなかった。ブルペンで自分で思ったんだけど、めちゃくちゃよかった」
直後に藤田監督から「マキ、初戦はお前で行く。頼むぞ」と伝えられたという。
「自分も日本シリーズでそこそこ好投しているので白羽の矢が立ったのだと思う」
~藤田監督の頭を悩ませたリーグ優勝から42日間の空白~
投手のメンタル面を考慮すると開幕3日前の本人への先発通達は珍しいことではないが、巨人首脳陣が3日前までシリーズ投手起用の原案を固めていなかったとは考えにくい。シリーズ前の“実戦調整”のスケジュールを立てる必要があるからだ。この年の巨人は独走で9月8日にセ・リーグ優勝。シリーズまで42日間の空白があった。その間、投手陣の調整をどう行っていくかが課題だった。CSがなかった当時、日本シリーズに向け主力投手の実戦感覚を失わせないために首脳陣はペナントレースの最終戦に「開幕投手」を登板させ、第2戦の先発は最終戦の1試合前に登板させるパターンが多かった。
巨人の最終戦は10月10日の広島戦、その前は7日の中日戦だった。10日の先発は槙原。7日の先発は斎藤だ。西武はどうだったか。最終戦13日のロッテ戦は村田兆治の引退試合であり、西武もこの年限りでユニホームを脱ぐ松沼博久の「引退登板」が予定されていた。緊張感をそがれることを懸念した森監督は129試合目のロッテ戦でシリーズ開幕投手となった渡辺久信。その1試合前の先発は第2戦先発の工藤公康、第3戦先発の渡辺智男にもリリーフ登板させている。調整スケジュールを見る限り巨人・藤田監督は2週間ほど前から「槙原開幕」で動き出していたと考えられる。
~開幕当日 スポニチ「槙原奇襲先発」スクープの裏側~
日本シリーズ開幕日の10月20日付紙面でスポニチ巨人取材班は「槙原奇襲先発」をスクープしている。取材の発端となったのは10月10日最終戦に槙原が登板したことだった。その後、シリーズ合宿中の練習でも「槙原開幕」を裏付ける動きがあった。最終戦から中4日となる同15日巨人はシート打撃を行った。強い雨。グラウンドに水たまりができる悪コンディションの中、槙原が登板したのだ。前年に膝の手術を受け下半身に不安を抱えながらの強行登板である。『槙原に無理にでも投げさせなければいけない理由があるのでは…』が取材班の見立てだった。この日実戦登板できれば、中4日で20日の開幕戦を迎えることができるが、翌16日では開幕まで中3日しかない。翌日シート打撃に登板したのは斎藤と桑田。結果的に斎藤は中4日で第2戦、桑田は中6日で第3戦に回っている。
スポニチ取材班が最終的に「槙原開幕」を確信したのはシリーズ前日練習。東京ドームのブルペンはバックネット裏のスタンドの下、扉を閉ざされるとメディアの目の届かない場所にある。ただ一カ所だけ通路に面した壁の2メートルほどの高さに通風口があった。巨人担当のカメラマンが肩車をしてもらい通風口からカメラを向けると…。槙原が投球練習を行っていた。その傍らで斎藤と桑田がその様子を見ている。翌日、自分が登板する予定ならば他人の調整を見学していることなどあり得ない。今では許されない無謀な撮影だったが、取材班はこのカットで「槙原開幕」を紙面化することを決断した。
~87年GLで完封実績 不気味だった「未知の大砲」~
「奇襲」と称される槙原先発だったが、藤田監督には起用の裏付けがあった。この年、斎藤20勝に対し槙原は9勝。勝ち星では桑田、宮本和知の14勝にも及ばないが、後半戦の内容がピカ一だった。7月以降、4連続完投勝利を含む7勝2敗と安定感抜群。一方、斎藤は9月22日の広島戦以降、3試合で16失点と明らかに調子を落としていた。西武とのシリーズで実績もあった。3年前の87年、第4戦に先発し3安打の完封勝利。87年と90年の西武野手陣の顔ぶれを見ると石毛宏典、辻発彦、秋山幸二、清原和博、伊東勤の主力は変っていない。87年第4戦ではこの5人を16打数2安打と完全に抑え込んでいる。過去の実績と後半の調子を考慮すれば「槙原先発」は妥当な選択との見方もできる。
ただ槙原氏自身は不安を少なからず感じていたという。1つは89年8月に右膝半月板の手術を受け、思うようなピッチングができなくなったことだった。
「膝の手術明けだったので。87年は真っ直ぐとスライダーが軸。ひざをやってからはスライダーがイメージと違ってきて、真っ直ぐとフォーク主体のピッチングになった。自分の転機もあって一緒くたには考えられなかった」
もう1つは87年にはいなかったあの男「未知の大砲」の存在だった。
「基本的に1番警戒したのはデストラーデ。全然どんな打者か知らなかった。今と違ってユーチューブかなんかでチェックすることもできないし。集めてる資料もボコボコ打っているシーンしかなかった」
~先頭の辻に二塁打、清原四球・・・カウント3ボールから~
1990年10月20日午後1時。槙原はいきなり先頭の辻発彦に右翼線二塁打を浴びた。続くバントの名手・平野謙に送られ1死三塁。ペナントレースでは「3番・秋山」だが、優勝決定後に腰痛が再発。打撃不振もあり3番には石毛が入っていた。痛烈なライナーが飛ぶ。振り向くと二塁手・篠塚利夫(後に和典)が捕っていた。2死三塁。打席は清原。
「インハイの真っ直ぐは必ず振ってくる。それで追い込んで外角の変化球。このパターンで抑えられるはずだった」
だが、いざ打席に迎えると攻められない。ストレートの四球で2死一、三塁。最悪な状況で「未知の大砲」と対戦することになった。初球は113キロカーブ。内角に外れる。2球目のスライダーも低めへ。3球目のカーブは内角高め。カウント3ボール。
「慎重になりすぎた。カウント悪くして。どんどん行けないのがあったから、打たれたらやばいというのがあった。打てるものなら打ってみろと投げていたらストライクは入ったはず。狙ったところから少しずつずれていた」
~プレーボールから15分後の破壊弾!右翼・吉村動けず~
西武首脳陣にはここで『デストラーデとの勝負を避けるのでは』との考えがあった。次打者は秋山。腰痛からくる不振でシーズン最終盤の7試合で25打数4安打。森監督は苦渋の決断で6番に降格していた。だが、巨人バッテリーには秋山不調のデータが入っていなかったのか、デストラーデとの勝負を選択した。中尾孝義のサインは直球。槙原が投じた球は吸い込まれるように真ん中に行く。打球は右翼スタンドへ一直線。右翼手・吉村禎章は少し体を左に傾け打球を目で追うだけだった。野手が動けない。それほど完ぺきな当たりだった。巨党で埋まる右翼スタンドは沈黙していた。槙原の目はもううつろだった。
3点を失ったその裏、巨人の攻撃。先頭の篠塚が渡辺久から四球を選ぶ。次打者は川相昌弘。低めのボール、バントの構えからバットを引いた。一塁走者・篠塚の体の重心が二塁方向に傾いたその一瞬を見逃さなかった捕手・伊東が一塁へ送球。篠塚が刺された。反撃のムードはしぼんだ。わずか3安打。渡辺久の前に零封負けした。「奇襲」不発…藤田監督は槙原先発について「仕方ないよ。固くなるなといっても」と力なくいった。
第2戦の斎藤も「未知の大砲」に怯え、沈んだ。初回、暴投で先制を許すとデストラーデに適時二塁打を浴びて2点を失う。2回には左翼・原辰徳がまさかの落球後、伊東に2ラン被弾。3回にはデストラーデに1発を浴びる。4点差の9回巨人は3番手・鹿取義隆を攻め1死一、二塁。打席には原。ところが二塁走者・上田和明が鹿取のけん制で刺されてしまった。打てない、守れない。緻密な野球でもかなわない。巨人は前年、近鉄相手に3連敗から4連勝。日本一をつかんだが、槙原氏は西武に連敗した直後の雰囲気は前年とは明らかに違っていたという。
「とにかくオーレのダメージの記憶が強い。あそこで投手陣も西武強いなと思っちゃったし、巨人のメンバーもファンもみんなやっぱりまずいなと思っちゃった。2つ目負けたときに4連敗あるかなと思った。斎藤で止められなかったらもうね」
~斎藤KOで連敗 巨人ナインに影落とした”報奨金事件”~
シリーズ前のある“事件”も影を落としていた。槙原氏が開幕投手を伝えられた10月17日。巨人は系列放送局などから贈られる報奨金を分配した。ここで野手と投手の評価の格差に反発の声が上がった。
「野手に比べて投手の評価が本当に低かった。査定を聞いたら斎藤が4番目だという。2年連続20勝のエースの評価が4番ってどういうこと。おかしいでしょう」
投手陣が不満を漏らしていることを聞きつけた藤田監督が激怒。投手陣に向かって「お前らそんなに金が欲しいのか」と札束を投げつけたという。
「それもあって少し変な感じに。野手もピッチャーがもめてるのを知っていたし。何となく気まずくて一丸ムードじゃなかった」(槙原氏)
第3戦、桑田の投げ合う相手は西武・渡辺智男。5年前、1985年春のセンバツ準決勝。PL学園の桑田は高知・伊野商のエース渡辺と対戦。桑田は3失点、清原も3三振を喫し、敗れ去った。今回は高校時代チームメートだった清原が相手の4番である。因縁の対決となった大一番は桑田がまたもやデストラーデに先制二塁打を浴びて沈没した。
~槙原氏「慢心が招いた4連敗」4年後MVPでリベンジ~
第4戦。巨人にはシリーズの流れに抗う力は残っていなかった。9回2死潮崎哲也が宝刀シンカーで駒田徳広を投ゴロに打ち取り、送球前に「万歳」。慎重居士の森監督はその時「余計なことせんで早く一塁へ投げえ」と思ったそうだが、会心の4連勝。宙に舞った。
巨人ナインは呆然と胴上げを見ていた。敢闘賞を受賞した岡崎郁が「野球観が変わるほどのショックを受けた」といったが、打線の破壊力、投手力、機動力、守備力…。日本シリーズと思えないような力の差を感じさせた盟主対決だった。
槙原氏は敗因をどう分析しているのだろうか。
「当時はセが強い、パが強いというのはなかったが、セをダントツで優勝してたので慢心はあった。慢心が招いた4連敗。もう1つはリーグ優勝から間が空いてしまったこと。まだみんな若い頃、優勝が早く決まって気が抜けて宴会などいろいろあった。緊張感を持ちながら、シリーズに合わせるのは難しい」
槙原氏は4年後の94年宿命のGL対決でMVPを獲得する活躍で日本一に輝いた。GL初登板は83年。盟主対決の歴史を誰よりも知るレジェンドである。(構成・浅古正則)
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