【内田雅也の追球】握手した巨人・原、阪神・矢野両監督の会話を想像する わかり合えた両者

[ 2021年11月9日 08:00 ]

セCSファーストS<神・巨(2)>試合後、原監督(左)と握手をする矢野監督(撮影・坂田 高浩)
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 東京を舞台にした映画『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年、監督=ソフィア・コッポラ)で心が通じ合った男女が新宿・歌舞伎町の人ごみのなかで抱き合うシーンがある。ラスト近く、ボブ(ビル・マーレイ)がシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)の耳元で何ごとかささやくのだが、声は聞こえないし、字幕も出ていない。

 どんな言葉だったのかは観る者の想像に委ねられているわけだ。シャーロットは涙をこぼし、2人は余韻を残して別れる。

 阪神のクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ敗退が決まった7日の試合後、巨人監督・原辰徳は監督・矢野燿大を呼び止め、バックネット前で握手を交わした。原は何ごとか言葉をかけ、矢野は短く応じて頭を下げた。別れた後、矢野は振り返り、原に黙礼をしていた。

 両者はどんな会話を交わしたのか。原も矢野も明かしていない。想像をかき立てる光景だった。

 思い出すのは原が前回監督を退く際、阪神監督・星野仙一と交わした抱擁だ。同じ甲子園のバックネット前だった。

 2003年10月7日の試合後。すでに星野は優勝を決め、原は「読売グループ内の人事異動」(オーナー・渡辺恒雄)で退任が決まっていた。星野は原に花束を手渡し、励ました。「くじけるな。また勉強せいよ。そして必ず戻ってこい」

 星野に抱かれ原は涙をこぼした。3年前の1月、星野が永眠した際、原は「どう表現していいか分からないぐらい感動した」と振り返っている。

 今回は逆に勝者の原が敗者の矢野に声をかけたのだった。矢野も感激したのだろう。だから、別れた後、もう一度振り返ったのだ。

 昨年、巨人が優勝した際、日本テレビ『news zero』でアナウンサー、有働由美子が「監督の表情が常に落ち着いているように見えましたが、心の中で『やばいな』と思ったことがありましたか」という質問があった。原は「阪神と戦って『やばい』と思ったことはないですね」と素っ気なかった。阪神ファンの有働に当てつけた冗談のようだが、半ば本音だったろう。巨人は阪神に16勝8敗と圧倒し、7・5ゲーム差をつけての独走だった。

 だが今年は阪神が13勝9敗3分けと勝ち越し。順位も阪神が優勝にあと一歩の2位、巨人は借金1の3位。原は1年たって阪神の成長と強さを認めていたはずである。

 原は阪神の健闘をたたえ、矢野をねぎらったはずだ。そして来季の再戦を約束しただろう。

 会話の内容を想像してみる。

 「強くなりましたね。今年のタイガースは間違いなく強かった」

 「いい勝負をありがとう」

 「来年、またここで会いましょう」

 ……といった言葉だろうか。

 いや、これはやぼな詮索(せんさく)かもしれない。いずれ、2人の会話が明らかになる時があるかもしれない。ただ、想像して余韻に浸るだけでいいのかもしれない。

 映画『ロスト――』の会話について、ネット上には解読を試みた結果がいくつか出ている。ただ、観た者それぞれが言葉に思いを巡らせるのが醍醐味なのかもしれない。

 巨人、阪神。伝統があり、注目度も高い球団の監督だけが知る苦しさ、辛さがある。2人はわかり合えていた。そんな握手と会話だった。 =敬称略= (編集委員)

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