【内田雅也の追球】奇跡呼んだ19歳のひたむきさ 初勝利に涙も見えた阪神・西純の力投

[ 2021年5月20日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3-1ヤクルト ( 2021年5月19日    甲子園 )

<神・ヤ(9)> 5回1死、右越え本塁打を放った近本(右)を笑顔で迎える西純 (撮影・平嶋 理子)                                     
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 野球はやはり心のスポーツである。心打つひたむきさは時に奇跡を起こす。19歳、プロ初登板の阪神・西純矢が懸命に投げると、ライナー(1回表・村上宗隆中直、2回表・元山飛優遊直)は野手正面をつき、大飛球(4回表・村上左飛)は塀際で失速した。5回を無失点、しかも無安打の投球だった。

 5回裏、その西純に代打が出た直後、近本光司が放った先制ソロは勝利投手を贈りたい思いが詰まっていた。後を継いだ馬場皐輔の鬼気迫る投球があった。8回表2死一、二塁、左翼線適時打にジェリー・サンズは速くない足を駆って懸命に単打で止め、同点を阻止した。その裏、彼は貴重な本塁打を放った。

 近本本塁打の後、テレビ中継画面に映った西純は笑顔のなか、目には涙が光っていた。少なくともそう見えた。

 勝利投手の権利を得た喜びだろうか。それもあるだろう。だが、あの澄んだ涙にはもっと深い感激があったはずである。

 創志学園2年の夏、甲子園に出た。初戦の創成館戦で16奪三振完封。マウンドで雄たけびをあげガッツポーズを見せた。あまりの派手な動きに審判から注意を受けた。

 当時、甲子園で取材したうえで、「なぜ、ガッツポースはいけないのか?」というコラムを書いた。大リーグ「書かれざる規則」や武士道精神を引用し、「相手をおとしめ、侮辱する行為」とされるからだと書いた。

 創志学園監督の長澤宏行は当時「あれは彼の感情表現なんですが……」と戸惑い「弱いから余計ああいう態度をとる」と話していた。同大会で旋風を巻き起こした金足農・吉田輝星(現日本ハム)の投球をテレビ観戦し、「あの姿をみならいなさい」と助言していた。「味方のミスにも動じない。援護点には仲間をたたえる。勝った後、校歌を全力で、笑顔で歌っていた。あの人間性をみならってほしいと思った」

 思いやりの心がある西純は以後、控えるようになった。後に、あの天に向かってのガッツポーズは天国にいる父親への報告の意味合いがあったと知った。

 指導歴の長い長澤はよく「野球を教えるんじゃありません。野球“で”教えています」と話し、野球を通じての人格形成を目指してきた。かつてもらった手紙には「人に活(い)かされ、人を活かす」とあった。自身の人生を振り返っての言葉だという。そんな協同の姿勢は西純の心に根づいている。

 プロにも通用する姿勢である。野村克也が阪神監督時代、選手に配布した教則本『ノムラの考え』も冒頭に「野球と人生」を説いていた。

 西純2年夏の甲子園は初戦完封の後、下関国際に敗れ、悔し涙にくれた。あれから3年、甲子園で再び見せた涙は喜びに満ちていた。人間的に成長し、美しく光っていた。見ていたこちらも感激し、思わず涙したと正直に書いておきたい。 =敬称略= (編集委員)

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2021年5月20日のニュース