【内田雅也の追球】「体が勝手に動く」まで 「筋肉記憶」へ「まず形」 阪神、秋季練習開始

[ 2020年11月16日 08:00 ]

甲子園球場で始まった阪神の秋季練習
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 折り紙のような帛紗(ふくさ)さばき、ちり打ちをして、棗(なつめ)を「こ」の字で拭き清める。茶碗(ちゃわん)に手首をくるりと茶筅(ちゃせん)を通し「の」の字で抜き、茶巾は「ゆ」の字で茶碗を拭く……。

 茶室に入るときは左足から、一畳を6歩で歩いて、7歩目で次の畳へ……。

 映画『日日是好日』で茶道を習い始めた20歳の典子(黒木華)は意味も理由も分からぬ所作に戸惑う。

 「タダモノじゃない」と言われる武田先生(樹木希林)は「意味なんてわからなくていいの」と諭す。

 「お茶はまず形から。先に形を作っておいて、その入れ物に後から心が入るものなのよ」。それは形式主義だと言うと「頭で考えちゃダメ。稽古は回数なの。そのうち体が勝手に動くようになるから」。

 長年受け継がれてきた基本の形には意味があるものなのだ。それは野球にも通じている。

 広岡達朗は<理論は超越しなければいけない>と著書『広岡イズム』(ワニブックス)に記している。理論で上手になるのなら東大が大学野球で一番強いはずだが、現実はそうではない。広岡は東大監督に電話して「頭でわかっても練習せな、体が覚えるかい」と話したそうだ。

 <理論を頭で考えているうちは、何ごともうまくはなりません。反復練習によって理論を身体に覚えさせてこそ「わかった」「理解した」といえるのです。特守や特打もそのためにあります>。

 「体が勝手に動く」ことをコラムニスト、ジョージ・F・ウィルは「筋肉記憶」(マッスル・メモリー)と呼んだ。著書『野球術』(文春文庫)にある。大リーグで首位打者8回、通算3141安打の「安打製造機」、トニー・グウィン(パドレス)が投球への対応について「ボールを見て反応する。手や体が自然に動いてくれる」と語っている。それは筋肉記憶で<打席に向かう前の努力、つまりマシンを相手にした打ち込みやビデオを使った研究などによって培われる>。

 やはり、練習がすべてなのだ。投球も守備も打撃も走塁も……練習して体で覚えなければいけない。そして、反復練習するためには長年、野球界で伝えられてきた基本の形がある。形を覚えるために、繰り返し、繰り返し練習するわけだ。

 15日、秋晴れの好天の下、甲子園球場で阪神の秋季練習が始まった。公式戦終了から3日休み、動きだした。コロナ禍でシーズン終了が遅く、恒例の高知県安芸市での秋季キャンプは中止となったが、この練習期間を大切にしたい。開幕が迫る春季キャンプとは違い、秋季練習はじっくり練習できる。考えず、体で覚える時間がある。

 「秋に覚えた技術は冬を越して、春になっても体が覚えている」と、阪神でも名参謀だった一枝修平が語っていた。現役時代、右方向へ強い打球を打つ術を覚えたのは秋の練習だったそうだ。

 冒頭に書いた映画と同名タイトルの原作本(森下典子著、新潮文庫)では<世の中には「すぐわかるもの」と「すぐにはわからないもの」の二種類がある>とあった。<すぐわからないものは、長い時間をかけて、少しずつ気づいて、わかってくる>。時間も必要なのだ。

 タイトル『日日是好日』は表面上「毎日が素晴らしい」との意味だが、毎日が好き日となるよう努めるべきと解釈されている。=敬称略=(編集委員)

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2020年11月16日のニュース