【決断】ヤクルト森岡 引退の理由 夏の終わりに突然…

[ 2016年12月4日 10:15 ]

決断2016ユニホームを脱いだ男たち=ヤクルト・森岡良介内野手(32)

引退試合で絶叫する森岡。周囲を明るくする個性を生かし、コーチとして新たな夢を追いかける
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 11月上旬、愛媛・松山の秋季キャンプ。今季限りで現役引退したヤクルト・森岡は1軍野手コーチ補佐に就任し真新しい背番号75のユニホームを着ていた。夕暮れからの特守は高卒1年目の大型内野手・渡辺とのキャッチボールで始まる。森岡がバックスピンのかかった縦回転の球を正確に胸元へ投げ込むのに対し、渡辺は引っかけたり送球がばらついていた。

 「今の球はあかんな。でもその前は捕りやすい回転だった。続けような」

 目の前の光景を見ると信じ難かったが、森岡が引退を決断した理由の一つが「イップス」だった。打撃に試行錯誤してファーム暮らしが続いた8月下旬。突然、キャッチボールができなくなった。「どう投げていいのか分からなくなった。精神的なものかな。うーん…本当の原因は今も分からないです」。9月中旬のイースタン・リーグの試合では一塁の守備で、二塁手の何でもない送球をはじいた。「草野球レベル。情けなかった。これではチームに貢献できない」。現役を終える決意を固めた。

 中日に02年ドラフト1巡目で入団。遊撃の華麗な守備とシュアな打撃で「立浪2世」と期待が大きかったが、同じ二遊間を守る荒木、井端の壁は高かった。08年オフに戦力外通告を受けてヤクルトに移籍し、輝いた。12年から3年連続100試合以上出場。選手会長に就任し、昨年はリーグ優勝の歓喜を味わった。中日に在籍した6年を上回る8年間プレー。「入団して鼻をへし折られて。僕の野球人生は失敗ばかり。でも周囲のおかげで良い思いもたくさんした」と感謝を口にする。

 球団は明るい個性で周囲に気配りができる森岡にコーチのポストを用意。秋季キャンプでは三木ヘッドコーチ、杉村チーフ打撃コーチらの指導を受ける選手の横で熱心に聞き入り、メモした内容を宿舎に戻ってノートに清書していた。「優秀なコーチばかりで勉強になる。頭ごなしに言うのではなく、選手の考えも理解して伝えたい。拾ってくれたヤクルトに恩返ししないと」。新たな夢を追いかける目は輝いていた。 (平尾 類)

 ◆森岡 良介(もりおか・りょうすけ)1984年(昭59)7月15日、大阪市生まれの32歳。明徳義塾で甲子園に4度出場し、主将を務めた3年夏に同校初の全国制覇を果たした。02年ドラフト1巡目で入団した中日では39試合の出場にとどまり、08年オフにヤクルトに移籍。1メートル74、71キロ。右投げ左打ち。

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