大谷 球宴初アーチで初MVP「打者で獲れるとは…」

[ 2016年7月17日 05:30 ]

<全セ・全パ>5回無死、左中間にソロ本塁打を放った大谷(左)は三塁コーチを務めるサファテとタッチ

「マツダオールスターゲーム2016」第2戦 全パ5―5全セ

(7月16日 横浜)
 「マツダオールスターゲーム2016」は16日、横浜スタジアムで第2戦が行われ、全パの日本ハム・大谷翔平投手(22)が「5番・DH」で先発出場し、5回に左中間へ球宴初本塁打となるソロを放った。前日に本塁打競争で優勝。この日は連覇こそ逃したものの、一発を含む3安打猛打賞をマークし、自身初のMVPを獲得した。試合は5―5で引き分け、通算成績は全パの80勝78敗11分け。セ、パ両リーグは、18日に後半戦が始まる。

 横浜スタジアムに大きなウエーブが起きた。最優秀選手に「大谷翔平」の名前がコールされると万雷の拍手と歓声。表彰台に上がった22歳は照れくさそうにほほ笑んだ。

 「打者で(MVPを)獲れるとは思っていなかった。何とか活躍したいと思っていた」。0―3の5回。球場周辺の山下公園で開催された花火大会の爆音が響き始めたその時だ。「狙っていた。みんな(本塁打を)打っていたので打ってみたいと」。井納の初球、145キロ直球を強振。打球は逆方向の左中間席中段に達した。球宴通算10打席目で待望の初本塁打に「凄く気持ちよかった」と会心の笑みをこぼした。

 類いまれな修正能力。試合前に2日連続で本塁打競争に臨んだ。1回戦こそ大型ビジョン直撃の特大弾1本で辛くも山田に勝ったが、決勝ではまさかの柵越えなしでメヒアに敗れた。前日は1回戦と決勝で計9本塁打を放って初出場初優勝したが一転、打球が上がらずに苦しんだ。「強引に引っ張りにいっていた。試合では中堅方向にいこうかなと思った」。今季放った10本塁打のうち、中堅から左方向は8発。持ち前の逆方向への打球を「本番」で取り戻した。

 同点の7回には先頭で左前打を放ち一時、勝ち越しのホームを踏んだ。逆転された直後の8回2死一、二塁では右前に同点打を放った。3安打2打点。球宴では自身初めてで、この試合唯一の猛打賞まで記録した。プレーボール直前、松田にベンチ前での声出し役に任命され、「パ・リーグが勝つ!」と絶叫。勝てはしなかったが、全パの負けを消す一打だった。

 岩手出身の大谷だが、横浜は第二の故郷。母・加代子さん(52)方の実家が横浜市内にあり、小学生の頃から夏休み、冬休みなど長期休暇のたびに電車に揺られ、帰省した。今でも正月には毎年帰省して祖父母ら親戚一同そろって同市旭区の鶴ケ峯神社へ初詣をする。横浜スタジアムは父・徹さん(54)が社会人野球・三菱重工横浜時代にプレーした思い出の地で、同社に勤務した加代子さんがチアリーダーとして声をからしたこともある。家族の思い出が詰まった場所。そこで球宴初MVPを獲得したのも不思議な縁だった。

 ファン投票で投手として選出された。しかし、右手中指のまめをつぶした影響で登板できず、160キロを超える剛球は披露できなかった。それでも二刀流にはファンを魅了するもう一つの手段がある。「自分なりに盛り上げられたかな」。夢の祭典。「打者・大谷」が強烈な輝きを放った。 (柳原 直之)

 ≪22歳投手登録で最年少≫大谷(日)が球宴初本塁打。投手選出者の本塁打は、60年第3戦の巽一(国鉄)、71年第1戦の江夏豊(神)に次ぎ45年ぶり3人目となり、全パでは初めてだ。また、22歳は江夏の23歳を抜く投手登録選手の最年少アーチになった。大谷は14年第2戦で投手として勝ち星もマーク。球宴で勝利投手と本塁打の両方を記録したのは江夏(5勝、1本塁打)に次ぎ史上2人目。なお、江夏が両方をそろえたのは初本塁打を放った出場5回目で、大谷はそれより早い4回目で快挙を達成した。

 ≪チーム2番目の年少受賞≫日本ハム勢のMVPは12年第3戦の陽岱鋼に次ぎ8人目で10度目。うち22歳0カ月での受賞は、60年第3戦張本勲(当時東映)の20歳1カ月に次ぐチーム2番目の年少受賞になった。また、先発DHでMVPは、83年第1戦門田博光(南海)、95年第1戦落合博満(巨)、00年第2戦山崎武司(中)、09年第2戦松中信彦(ソ)に次ぎ5人目で球団初。

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