理想と現実の狭間で戦い抜いた阪神・矢野監督の4年間 今後はみんなを笑顔にする「矢野先生」に

[ 2022年10月28日 08:00 ]

退任会見の最後を矢野ガッツで締めくくる矢野監督
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 真面目で、繊細で、嘘が付けない。尊敬すべき人間性は、プロ野球の監督という仕事には必ずしも適性ではなかったかもしれない。阪神・矢野前監督は、就任4年間で熟睡できた日はほとんどなかったと言う。

 「もともと眠りは浅いんやけど、監督をしている間は全然、寝られなかった。頭が回っているんや、多分。考えることがあるというか、考えてしまう。寝付きは悪くないんやけど、だいたい1時間以内に目が覚める。ガッツリ3時間寝るなんてことはまずない」
 遠征先のホテルではベッドで目が覚めると、ソファーやカーペットの上など、場所を変えて何とか寝ようと試みた。「どうしようもないから、映画とかで寝落ちできないかなとテレビを付けたり。YouTubeで睡眠を促進してくれる音楽とかもある。あれを見たらすごい再生回数で…。こんなに世の中に寝られない人がいるんやと思った」と苦笑いを浮かべた。

 大衆娯楽の花形だった以前と違い、現在のプロ野球は勝ち負けだけでなく、プラスアルファの存在意義が必要だという考えが根幹にあった。もちろん、勝ってファンを喜ばせることが大前提。その上で、プロの選手が凡打で全力疾走する姿や、苦しい時も下を向かずに味方を鼓舞する姿が、見ている人に何か大切なものを伝えられるのではないか―。選手たち自身も野球を辞めた後の人生の糧になるのではないか―。そんな理想を追い続けた。その信念は4年間、ぶれなかった。

 ただ、1軍の試合で評価されるのは、姿勢や努力の跡ではなく、結果だ。必死で練習してきた選手のミスで試合を落とす。そんな残酷なシーンを見せつけられるたびに、眠れなくなる。周囲からの批判の声は、聞きたくなくても入ってくる。それを右から左へ聞き流せるタイプではなく、4年間が心身の限界だったのだと思う。前代未聞のキャンプイン前日の退任表明も、正直すぎる性格によるものだった。

 「俺は嘘が付けないから。もしも辞めるのを決めていることがどこかから漏れたら、選手の信頼を1番失う。それが怖かった」
 4年連続Aクラス入りしながら優勝できなかった実績は、評価が難しい。ただ、ラスト采配となった14日のCSファイナルステージ第3戦の敗戦後には、矢野監督への思いを聞かれた近本が「選手が打たないから負けるので。僕らが悪いので…」と涙した。誰よりも苦しみながら、選手のため、見る人のためにやりきったことは確実に伝わっている。

 今後について聞くと「もともと学校の先生になりたかったからね。迷っている人の背中を押したり、勇気づけたり。みんなを笑顔にするようなことがしたい」と目を輝かせていた。就任期間の大半がコロナ下で、親しくお付き合いさせてもらうことがなかなかできなかったのが残念だが、心から「お疲れさまでした」と言いたい。(阪神担当キャップ・山添 晴治)

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2022年10月28日のニュース