~ルンルンをもらってお家に帰ろう~うたしんの始め方

[ 2020年3月16日 08:00 ]

<フィギュアスケート世界ジュニア選手権アイスダンスフリーダンス>表情豊に演じる吉田唄菜&西山真瑚組(撮影・長久保 豊)
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 【長久保豊の撮ってもいい?話】そりゃあ、シニアのトップたちに比べれば「格」や「凄み」といったものはまだない。でも見る人を笑顔にしたり、幸せにしたり、氷の上を滑ってみたいと思わせる力はもはやトップレベルだ。アイスダンスのジュニアカップル、うたなとしんごで愛称「うたしん」。吉田唄菜(16)&西山真瑚(18)組のことである。エストニアの首都タリンで行われたフィギュアスケート世界ジュニア選手権。結成わずか1年のカップルは29組中12位。8位までは3.59点差と躍進した。どこまでも同調するツイヅルで観客たちの心を掴み、絶やすことのない笑顔が多幸感を運んだ。2人に共通したスケートの質、つま先からかかとまでエッジの1ミリも無駄にせず氷をつかむスケーティングが気持ちよく、手拍子を呼んだ。

 「心に響く演技をするカップルがいる」。うたしんの噂が入ってきたのは昨秋、SNSを通じてのことである。「西山くんって、あのクリケットクラブの西山くん?」。一昨年、夏の終わりのカナダ・トロント。公開練習を終えリンクを出る羽生結弦選手とすれ違うように姿を見せたのが彼だった。ニコニコって笑って会釈してくれる、親元を離れての異国暮らしの辛さをみじんも感じさせない、心地よさをまとった少年だった。その時に言葉はかわせなかったが、早く見てみたいという願いが実現したのは昨年11月の滋賀県大津だった。実際にファインダーを通してみた彼らに感じたのは「何か持ってる」カップルだということ。リンクサイドを手をつないで往復する姿にルンルン、手を合わせて深呼吸する姿に胸キュン。40年近く前の言葉たちが鮮やかに蘇る2人だった(あまりに雰囲気のある写真だったので?「スポニチは隠し撮りするんですか」って読者からのお叱りも数件、「いえ、これは彼らのルーティーンでみんなが見ているリンクサイドのことで…」と返事するのも一苦労だった)。

 「見ると幸せになれるカップル」の噂はさらに広がり、2週間後の新横浜での全日本ジュニア選手権初日には彼らを含めてわずか2組、練習時間を入れて20分ほどのアイスダンスのためにファンたちが列を作った。

 それから4カ月、春まだ浅いエストニアで世界に羽ばたく彼らを見ていた。6分間練習前のリンクサイド。いつものように肝が座っているのは吉田唄菜選手の方で、西山真瑚選手は両耳を引っ張ったり口を大きく開けたりで忙しい。やがて唄菜選手が差し出した右手に真瑚選手が下から左手を添えると2人の間の緊張と弛緩がうまい具合に溶け合い「うたしん」になって白くまばゆいリンクに飛び出して行った。

 5年先か、10年先か。シニアの最終組で同じように飛び出していく彼らを夢想する。アイスダンスカップルは1年、2年といった短いスパンで考えられるものではない。練習もさることながら、人から見られることで彼らは磨かれる。だからファンの方々には末永く見続けてもらいたい。やいやい盛り上がって、ルンルンをもらってお家に帰って、またときには辛辣な意見を投げかけてもいい。とにかく多くの視線が彼らを育てる。

 大会期間中、宿泊先のロビー、ウォームアップする通路などですれ違うたびに2人はニコニコっとして「こんにちは」とあいさつしてくれた。帰国前日には「ありがとうございました」とまで言われてしまった。「こちらこそ撮らせてもらってありがとう」と答えた。

 西山真瑚選手、心地いいじゃない。吉田唄菜選手、しっかりものでいいじゃない。うたしん、楽しいじゃない。もっと見たいじゃない。(編集委員)

◆長久保 豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれ、世界フィギュアの中止で「神」と呼ばれる後輩カメラマンとの対決が流れ、心にポッカリと穴が空いた58歳。

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