永井秀樹 苦労が伸ばした選手生命「サッカー脳は年々高まっている」

[ 2015年12月18日 08:55 ]

06年5月の対戦でカズとぶつかる永井

 J2東京Vの永井秀樹が来季も現役を続けることになった。来年1月26日で45歳、Jリーグでカズに次ぐベテランだ。「普通にこの年齢で、プロ選手として評価してもらい、新しい契約をしてもらえるのは幸せ」。こう言っていたが、今季36試合にベンチ入りし、18試合に出場。得点はないが、試合終盤で出場し、流れを変えたり、リードした試合をそのまま終わらせる役割をしていた。前年の20位から8位へ浮上したチームに大きく貢献。「形だけでないのは誇り」と胸を張った。

 永井はJリーグ開幕直前の92年に国士舘大を中退してV川崎(現東京V)に入団。ドリブルが得意で、サイドをえぐってクロスを上げるチャンスメーカーとして注目されていた。体は大きくないが、テクニックにたけ、92年バルセロナ五輪のアジア最終予選にも出場した。だが、当時のV川崎はカズ、ラモス、武田、北沢、戸塚らがいたため、出場機会を求めて福岡や清水などを渡り歩いた。所属チームがなく、浪人した時期もあったが、苦労が逆に選手生命を伸ばした。

 「自分の思い描くサッカーとずれを感じたら、その時は引き所と思うけど、まだギャップはない」と永井は今季を振り返る。そして、現役を続けられた要因として、自身の進化を挙げた。

 「プレースタイルを少しずつ変えられたのがよかった。ドリブルがセールスポイントで、何人でもかわせる自信もあったが、それにこだわっていたら、ドリブルが通じなくなったところでやめたと思う。若い時のように、全員抜いてやろうとは考えなくなった」。今は戦況を見極めて前線にパスを出したり、攻撃の強弱をつけるスタイルに変われたことが良かったというのだ。そして「サッカー脳は年々高まっている。44歳になってやっと少しサッカーが分かるようになった」と謙遜気味に明かした。

 「若い時は勝手に自己満足していて、勘違いしていた。やっと少しサッカーが分かって、ゲームを俯瞰(ふかん)して見られるようになった。チームゲームなんで、自分さえ良くても何のプラスにもならない。チームとして試合に勝つ、より確率よく勝つことを考えられるようになった」。若い選手にはいいアドバイスだが、言葉だけではない。サッカーにはとことん真面目。しっかり練習し、体の手入れも入念に行う。そして、毎日のように全体練習終了後は若手をつかまえて一緒にパスやシュートの練習を繰り返すところがチームの成長につながっている。

 昨年は練習の合間に週1回、大学院にも通い、クラブマネジメントを勉強した。サッカーは選手のピークが25~26歳と言われている中で、凄いとしか言いようがない。そして来年は、Jリーグ年長出場で2位の中山雅史(45歳2カ月1日=12年11月、J1札幌でマーク)の記録更新が懸かる。「僕みたいな選手がここまでやれた。中山さんはレジェンド。抜ければ光栄」。プロ25年目のシーズン。3月27日でタイ記録となり、4月にゴン超えが実現する。(記者コラム=大西 純一)

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