和田アキ子「ミナミの不良番長」から「歌手」へ、人生を変えた「1枚のレコード」

[ 2019年8月30日 22:45 ]

和田アキ子
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 歌手の和田アキ子(69)が30日放送のTBS「中居正広のキンスマスペシャル」(金曜後8・00)に出演、「ミナミのアコ」と恐れられた“不良番長”が歌謡界の大スターに成長していくきっかけが「一枚のレコードとの出会いだった」と明かした。

 和田は中学生のころ、しつけに厳格で鉄拳制裁が飛ぶこともひんぱんだった父親に反発し家出。持ち前の度胸と柔道黒帯の腕っぷしの強さで子分20人を従え、大阪でその名を知らないものはいない「不良番長」として君臨していた。日々、ケンカに明け暮れ、ついたあだ名が「ミナミのアコ」。

 一方で、もう一つ、夢中になったものがあった。ジャズ、R&Bの洋楽だった。中2でジャズ喫茶に入り浸り、「音楽を聴いているときは心が安らいだ」という。

 あるとき、レコード店で一枚のシングルレコードを手にし、衝撃を受けた。「R&Bの神」と言われたレイ・チャールズだった。

 東京五輪が開催されたこの当時、美空ひばりや石原裕次郎が全盛期、坂本九の「明日があるさ」が大ヒットしていた。外国人歌手のことはほとんど知らなかった。

 和田は「レコード店のにいちゃん」に「この人誰?」と聞いた。「7歳で失明した」盲目の歌手だと知り、和田は「可哀そうやな。買わなあかん」と2枚購入した。そして曲を聴き、「一瞬にしてR&Bのとりこになった」と振り返った。

 何度もレコードを聴き、英語の歌詞を完璧にマスターした和田が、曲をくちずさむと、まわりから「アコちゃん、歌うまいね」とほめられたという。

 ケンカに明け暮れ、「極道」になるしかないかとも思っていた和田だったが、アマバンドを結成し、ライブのステージに立つようになった。自己流の歌い方だったが、独特のハスキーボイスにファンがつき、大阪中に「英語の歌のうまい女性シンガーがいる」と話題になった。歌手・和田アキ子が誕生する日が、もうそこまできていた。

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