映画監督の佐藤純彌さん死去 86歳「敦煌」「人間の証明」名作多く送り出す

[ 2019年2月18日 05:30 ]

佐藤純彌監督(2008年撮影)
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 「敦煌」「人間の証明」「新幹線大爆破」などで知られる映画監督の佐藤純彌(さとう・じゅんや、本名同じ)さんが9日午後11時、多臓器不全による衰弱のため東京都内の自宅で死去した。86歳。東京都出身。17日に都内斎場で告別式を済ませた家族が東映を通して発表した。喪主は長男で日本テレビのディレクター、佐藤東弥(とうや)氏。後日、お別れの会が営まれる予定だ。

 スケール感あふれる大作から愛すべき迷作まで映画界に大きな足跡を残した名監督が平成最後の年に逝った。

 関係者によれば、3年前に消化器系の疾患により医師から入院を勧められたが、本人が拒否したため自宅で療養していた。1月19日には東映東京撮影所のOBによる恒例の麻雀大会に参加していたが、9日に容体が急変し、帰らぬ人となった。「男たちの大和/YAMATO」撮影中の2005年に夫人に先立たれており、子供たちが最期をみとった。

 愛煙家で、医師から禁煙するように忠告されても「今さらやめてもどうにもならない。死ぬ時まで吸ってます」と耳を貸さず、実際に亡くなる前日まで吸っていたという。先月の麻雀大会でも紫煙をくゆらせながら興じていたが、途中で腰痛を訴え、いつもは半荘(はんちゃん、東・南場=1試合)4回のところを3回で切り上げていた。

 1956年に東映に入社。63年に「陸軍残虐物語」で監督デビューし、ブルーリボン賞新人賞に輝いた。フリーに転じて2年後の75年に高倉健さんはじめスター俳優を多く起用したパニック映画「新幹線大爆破」を発表。翌76年にも健さん主演で「君よ憤怒の河を渉(わた)れ」を撮り、文化大革命後の初の外国映画として78年に公開された中国で大ヒットを記録した。

 その後も角川映画で「人間の証明」(77年)「野性の証明」(78年)など話題作を手掛け、82年の日中合作「未完の対局」はモントリオール世界映画祭でグランプリを獲得。88年には製作費45億円を投じて井上靖氏原作の「敦煌」に着手。大々的な中国ロケを行い話題を呼んだ。

 05年の「男たちの大和」を経て、時代劇「桜田門外ノ変」(10年)が遺作となった。長年の功績を称えて3月1日に開催される第42回日本アカデミー賞で会長功労賞を贈られることが決まっているが、昨年末の内定段階で「出席は難しい」と伝えていたという。

 ◆佐藤 純彌(さとう・じゅんや)1932年(昭7)11月6日、東京都生まれ。63年「陸軍残虐物語」で監督デビュー。主な代表作に「未完の対局」「敦煌」など。「キイハンター」「Gメン’75」などテレビドラマも多く手掛けた。著書に「映画(シネマ)よ憤怒の河を渉れ」など。2008年旭日小綬章を受章。

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