「半分、青い。」朝ドラ名手・田中健二氏が語る永野芽郁の魅力 老け役、泣きの芝居、生々しさ絶賛

[ 2018年9月27日 10:00 ]

連続テレビ小説「半分、青い。」チーフ演出の田中健二氏が絶賛した“夏虫駅の再会”の永野芽郁の表情(C)NHK
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 女優の永野芽郁(19)がヒロインを務めたNHK連続テレビ小説「半分、青い。」(月〜土曜前8・00)は今月29日に最終回を迎える。チーフ演出を務めた同局の田中健二氏に、波乱万丈な人生を送る鈴愛の10〜40代の悲喜こもごもを体現した永野の演技、朝ドラ初挑戦となった北川悦吏子氏(56)の脚本の魅力を聞いた。

 朝ドラ通算98作目。フジテレビ「素顔のままで」「ロングバケーション」「空から降る一億の星」やTBS「愛していると言ってくれ」「ビューティフルライフ」「オレンジデイズ」など数々の名作を生み“ラブストーリーの神様”と呼ばれるヒットメーカー・北川氏のオリジナル脚本。岐阜県と東京を舞台に、病気で左耳を失聴した楡野鈴愛(にれの・すずめ)が高度経済成長期の終わりから現代を七転び八起きで駆け抜ける姿を描く。

 田中氏は1987年入局。ほぼドラマ畑を歩み、朝ドラの演出は「純情きらり」(06年前期)「ウェルかめ」(09年後期)「カーネーション」(11年後期)に続き、4作目。「カーネーション」は「朝ドラ史上最高傑作」の呼び声が高く、朝ドラ初のギャラクシー賞大賞(テレビ部門)を受賞。田中氏も「東京ドラマアウォード2012」の演出賞に輝いた。

 永野との仕事は今回が初。第146話(9月18日)、正人(中村倫也)から“復縁”を持ち掛けられた鈴愛は「悪い男だね、相変わらず」と冷静に対応。「もう40だからさ。少しは変わるよ。賢くなるよ」と大人の女性になったことをアピールした。

 田中氏は「終盤は永野さんの実年齢が18歳ということを忘れるぐらい、鈴愛が年齢を重ねた演技に説得力がありました。メークや衣装の力もありますが、『ここまでやれるんだ』と。想像を超えていましたね。オーディションで会った時は、とびきりにピチピチしていたので(笑)、40歳の鈴愛を演じることは、実は少し危ぶんでいました。歴代ヒロインが終盤に自分の年齢以上の役を演じてきた“朝ドラマジック”で何とかなるとは思っていましたが、永野さんは目の前に子ども(花野)が存在すると、言動も佇まいも、ちゃんとお母さんになっていく。ドラマの役柄の人生を自分の中に積み上げて、役の枠をどんどん広げていける女優さん。そこが最大の魅力だと思います」と永野の“老け役”を絶賛した。

 それに加え、印象に残るのは“泣きの芝居”。「こんなに涙の引き出しがあることに感心しました。テクニックじゃなく、きちんと鈴愛として泣いているんです」。第33話(5月9日)、漫画家を目指し、鈴愛は東美濃バスセンターから上京。総出の一家、幼なじみの菜生(奈緒)に見送られると、涙があふれる。バス最後部の窓ガラスに息を吹き掛け、曇ったところに右手の人さし指で「大好き!」と書いて別れを告げた。

 「アングルがたくさんあるロケで、カメラ位置を変えるたびに、つながりなので、さっきと同じように泣いていてほしいと無茶振りしてしまったんですが、ものの見事に泣きますからね。マイクの入っていないところで、さすがに『あと何回泣くの?』と思わず漏らしていましたが(笑)、この辺から彼女はすごいと思い始めました」。この撮影以降、永野のよさを引き出すには「できる限り、そのシーンをひと続きで撮ってあげた方がいい」と演出方針も変わった。

 「彼女の一番のよさは、舞台のような“生の芝居”。芝居を切らず一連で撮ってあげた方が“生感”が出る。そうすると、演出側の想像を超える瞬間があるんです」

 “えも言われぬ顔”も永野の真骨頂。第72話(6月23日)、鈴愛が10代最後の夏に別れてから5年後に律(佐藤健)と再会した時。律を見つめ、最初は驚いたようにも見え、次第に目はうっすら潤み、最後は安堵したようにも映った鈴愛のアップは無言のまま12秒。

 「あの表情は長く使いたくなりました。『こういう顔をしてほしい』など、特に指示はしていませんが、はっきりした喜怒哀楽じゃない何とも言えない顔、ちょっとしたにじみ出る表現ができるんだと驚きました」。永野が放つ“生々しさ”に朝ドラの名手・田中氏も射抜かれた。

 北川脚本の演出も今回が初。北川氏の独特のセリフ運びは映像化が難しく、その分、やり甲斐も感じた。

 例えば、第38話(5月15日)、「喫茶おもかげ」の会話。律と正人(中村倫也)が名古屋・海藤高校の受験当日、同じ犬を助けていたことが分かるが、そこに至る前は長々と恋愛話をし、しかも、それを秋風(豊川悦司)が盗み聞きしている。

 「1シーンの中で、単純に起承転結とはならず、途中で一度、一見すると無関係な話に飛んでしまう。われわれが経験してきた朝ドラや普通のドラマとは異なるセリフ展開でシーンが構成されているんです。さらに、シーンの並びもそうなっていることがあるので、一瞬“無駄話”をしているように感じられます。でも、人間は必要なことだけを話しているわけじゃないですし、見かけは無意味に思えることがその人のパーソナリティーにつながっていたりもします。その“細い糸”をどう見つけられるか。とても難しかったですね。会話する2人の関係が近いがゆえの“無駄話”だったり、実は2人の間に恋愛感情が流れているから生まれる“無駄話”だったり。セリフの裏側に隠されたものをすくい上げることによって回り道が意味あるものとなり、意外なところとつながる快感がある。その演出を見極めないといけないので、例えば2人の物理的な距離はどのくらいがいいのか、面と向かい合っているのがいいのか、演出陣はみんな苦労したと思います。北川さんにいちいち『このセリフはどういう意味ですか?』とは聞きませんから。役者さんがセリフを口にした瞬間に立ち上がる関係性や、役者さんがセリフに体温を加えた時に醸し出される生き生きとした感情は、いくら頭の中で演出プランを考えても、実際に撮影現場に入ってみないと分からないので、怖かったです。今回のように、うまい役者さんを揃えていると、なおさら。本当に単なる“無駄話”にならないように、北川さんがキャスティングにこだわり、アテ書き(演じる俳優を想定し、脚本を書くこと)をされるのは、そういうことも全部、期待しているんだと思います」

 演出も全編にわたってアグレッシブさを心掛けた。映画監督・元住吉役の斎藤工(37)に劇中映画「追憶のかたつむり」を実際に撮ってもらったり、ボクテ(志尊淳)の回想シーン(鈴愛の漫画「一瞬に咲け」にアンケートはがきが殺到した理由=第67話、6月19日)は舞台仕立てにしてワンシーンワンカットで挑むなどした。「今回は、かっちりした正攻法のドラマ作りより、もっといろいろな表現方法があるんじゃないかと。批評されるぐらいの方がいいという思いで、貪欲にアイデアを追求しました」。こうしたチャレンジの末に、朝ドラの歴史は更新される。

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