清原氏次男・勝児、慶応センバツ決定「素直にうれしい」父譲り勝負強さで史上3組目の親子聖地弾だ

[ 2023年1月28日 05:00 ]

センバツ出場36校決定

選抜出場が決まり歓喜の清原(中央)ら慶応ナイン(撮影・島崎 忠彦)
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 第95回選抜高校野球大会(3月18日から14日間、甲子園)の選考委員会が27日、大阪市内で行われ、記念大会で4校増の出場36校が決定。5年ぶり10度目の出場の慶応(神奈川)は西武、巨人などで活躍した清原和博氏(55)の次男・勝児内野手(1年)が、聖地デビューを飾る。父はPL学園(大阪)で甲子園最多の通算13本塁打。史上3組目の甲子園親子本塁打を目指す。組み合わせ抽選会は3月10日に行われる。

 仲間たちとガッツポーズしながら喜び合った。だが清原はすぐに笑顔を引っ込め、真剣な表情に戻るとかみしめるように誓った。

 「素直にうれしい。自分には夢の舞台の甲子園だったのでそこでプレーできるのはうれしい」

 5年ぶりの選抜出場決定。清原にとっては、父・和博氏が鮮烈な輝きを放った舞台に立つ夢がついに実現する瞬間だった。聖地で期待されるのは過去2例しかない、親子での記録達成だ。

 PL学園で全26試合に4番で出場した父は、甲子園歴代最多の13本塁打。清原が本塁打を放てば、13年夏に日大山形・奥村展征(現ヤクルト)が父・伸一氏(86年夏)に続いて本塁打を放って以来10年ぶり3組目の親子弾となる。「そこはあまり意識はしない」と語ったが「初戦の初球から思い切り振っていって、チームを勢いづけたい。やはり自分も4番を打ちたい。チームに貢献するという意味で一番貢献できるのが4番だと思う」と試合を決める一打への強い思いは抱いている。

 勝負強さは父親譲りだ。高校通算8本塁打も、昨秋の神奈川県大会3回戦での公式戦1号は満塁弾。秋季大会は7、8番など下位打線だったが打率・400、2本塁打、14打点と存在感を発揮。冬のトレーニングを重ね、一回り大きくなって立つ甲子園では磨きをかけた打撃を披露する。

 「己を信じて」「センター返し」など父がメッセージを書き込んだ帽子と、西武時代、ヘルメットに付けていた背番号「3」のワッペンを左肩の裏に縫い付けたユニホームを身につけて試合に臨んでいた。聖地でも父を感じながら同じ右打席に立つが「お父さんは甲子園で凄い活躍をしたことは知っているが、自分は自分なので」と気持ちの強さものぞかせた。

 単位不足で入学2年目の1年生。規定ではプレーは今夏までとなり最後の選抜となる。「一打席一打席が勝負。全力で全てやりたい」。父が夏の頂点に立ってから38年、甲子園でまた「清原物語」の一ページが刻まれる。(村井 樹)

 ▼清原和博氏 一報を聞き、うれしく思うと同時に、40年前、私自身が初めて甲子園に出たとき以上の緊張感が湧き起こっています。出場する全ての選手に、あの大舞台で、悔いなく全力でプレーしてほしいと願っています。

 ◇清原 勝児(きよはら・かつじ)2005年(平17)5月1日生まれ、東京都出身の17歳。5歳から野球を始め、小学時代は「オール麻布」でプレー。小学6年時にNPB12球団ジュニアトーナメントに巨人ジュニアの一員として出場。中学時代は「世田谷西リトルシニア」に所属。高校通算8本塁打。1メートル74、80キロ。右投げ右打ち。

【甲子園の親子弾】

 ☆吉沢親子 日大三(東京)の吉沢翔吾は、10年春の山形中央との1回戦で甲子園史上初の親子本塁打となる左越え2ランを記録し、準優勝に貢献。父の元阪急・俊幸は、同じく日大三で71年春の坂出商(香川)との準決勝で左越えソロを放ち、全国制覇も果たした。

 ☆奥村親子 日大山形の奥村展征(現ヤクルト)は13年夏の日大三との初戦で中越え2ランをマーク。父・伸一は甲西(滋賀)が85年夏に初出場ながら4強入りし「ミラクル甲西」と呼ばれた当時のメンバーで翌86年夏の三沢商(青森)との1回戦で右越えソロを放った。

 ▽清原和博の甲子園 春夏5度出場した甲子園では全26試合で4番を務め、91打数40安打、打率.440、29打点。5大会全てで本塁打をマークし、通算13本塁打は歴代1位となっている。2年夏の享栄(愛知)との1回戦では1試合最多本塁打の3本塁打を記録。また3年夏は3戦連続アーチなど計5本塁打し、宇部商(山口)との決勝で2本塁打した際、6回のバックスクリーンへの同点ソロでは実況アナウンサーが「甲子園は清原のためにあるのか!」と叫び、名言として語り継がれている。

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2023年1月28日のニュース