落合博満氏、96年日本ハム移籍 ヤクルトに断りも…思い出深い野村克也監督からの贈り物

[ 2022年10月21日 17:05 ]

落合博満氏
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 現役時代に3冠王を3度獲得し、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満氏(68)が21日、自身のYouTube「落合博満のオレ流チャンネル」を更新。1996年オフに巨人を退団し、日本ハムに移籍した当時を振り返った。

 以前の動画で、巨人退団の真相を語った落合氏。11月28日の巨人退団会見の後、すぐに獲得に名乗りを挙げたのが日本ハムとヤクルトだったという。12月3日にヤクルト、同4日に日本ハムと交渉を行い、落合氏は自らの43回目の誕生日となった12月9日にヤクルトに断りを入れ、日本ハムの球団事務所に出向き、入団の意思を伝えた。巨人を自由契約となってから11日でのスピード決断だった。

 実際に1回の交渉の中でヤクルト・野村克也監督、日本ハム・上田利治監督と会った。「もう条件を聞くのが先でね、チーム状況やら、ぜひほしいっていう話はいただいてはいるんだけれども、取り立てて心に残るような言葉っていうのは、なかったですね」と振り返った。

 野村克也氏とは79年から80年に、野村氏は西武、落合氏はロッテで同じパ・リーグでプレーした。落合氏が巨人でプレーした94年から96年は、野村氏はヤクルト監督を務めていた。スタッフから「巨人時代に野村さんと話をしたことは?」と問われると「我々の時代ってのはね、対戦相手のチームの人と話するってのはタブーだった。オールスターは別よ。オールスターは別だけども。挨拶交わすのも“何の話してんだよ”っていうような、そういう時代。だから今みたいにオープンな時代ではないよ」とほとんど会話はなかったという。

 そんな野村監督とは1回限りの交渉での対面となったが、ある贈り物をもらったという。「ベルサーチのネクタイ貰いましたけどね。そのまま持って家に帰りましたよ。派手派手なネクタイでしたね」と懐かしそうに振り返った。

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