【内田雅也の追球】「愛」のノック後の笑顔 菜の花畑の光景に重なる

[ 2022年2月14日 08:00 ]

<阪神春季キャンプ> 矢野監督(右)からの愛のノックを終え、グータッチをする大山 (撮影・平嶋 理子)
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 全国高校野球選手権(夏の甲子園大会)の50回大会を記念した記録映画『青春』(1968年公開)で、監督と選手が1対1でノックするシーンがある。早春、菜の花畑に囲まれたグラウンドが輝くように美しい。選手はフラフラになりながら打球を追う。荒い息づかいが聞こえる。アップになった監督の顔にも汗がにじんでいる。

 監督を務めた市川崑は13日が命日だった。2008年、肺炎のため92歳で他界した。市川は映画のパンフレットで<それは純粋さであり、一途(いちず)なものである>と感動について書いている。そして<能力の限界まで出し尽くす肉体の燃焼と、最高度に緊張させた精神による戦い>が感動の源だとしている。

 あの菜の花畑のノックが終わった後、監督と選手が2人で散らばったボールを拾い集める。少し笑い合う両者は間違いなく心が通じ合っていると見る者に伝わる。青春の感動的シーンである。

 この日、沖縄・宜野座の阪神キャンプでは「デスノック」と名づけた猛練習があった。昨年、ヘッドコーチ・井上一樹が「ヘロヘロになって“もう死んじゃうわ”というところまでやることで、やり切った感、達成感が自信となる」と、根性論の提案で始まった。今年は初めて行われた。

 監督・矢野燿大が大山悠輔、佐藤輝明に、井上が近本光司、木浪聖也にノックを打った。終了後、矢野も井上も選手とのグータッチで健闘をたたえていた。菜の花畑での光景を思った。

 今回は練習メニュー表に<“愛の無事着”デス>とあった。韓国の人気テレビドラマをもじり、選手が故障しないよう<無事>を思い、指導者の<愛>を伝えている。

 阪神を62、64年と優勝に導いた名将、藤本定義が残したメモに<猛練習>の下りがある。<フラフラでやけくそで、どうでもなれ、と捨て身のつっこみをした瞬間に(偶然でも良い)ボールが捕れたとする、その瞬間に、神通力(ヒラメキ、カン)と言うか、悟る何ものかがある>。

 「一球入魂」「千本ノック」の言葉を残した学生野球の父、飛田穂洲も「苦しくなれば楽な姿勢をとるようになる」と説いていた。昨年も書いたが、精神野球や根性論は今も生きている。

 高校野球もプロ野球もない。ノックを終えた監督、コーチと選手らの笑顔が、菜の花畑の光景に重なった。=敬称略=(編集委員)

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2022年2月14日のニュース