【内田雅也の追球】「星影の男」が見通した選手の好不調

[ 2022年2月5日 08:00 ]

ウォーミングアップする選手たちをを見守る北川コーチ(左)と藤井康コーチ
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 阪神の沖縄・宜野座キャンプは早出練習の後、午前10時から全員そろってのウオームアップで始まる。約40分間、外野芝生の上で動き、体をならしていく。

 この時、コーチ陣は全員が必ず、選手の近くにいる。ベンチに腰かけたり、控室に引っ込んでいるコーチはいない。選手たちの動きを見守っているのだ。観察と言えばいいだろうか。

 他界して15年になる名参謀、島野育夫がコーチ陣に植えつけた習慣である。島野は「アップをよく見ろ」と話していた。

 「ウオームアップの時に選手をよく見ておけ。選手も人間だ。日々、体や心が揺れ動いている。アップやキャッチボールを見ていると、体はもちろん、心の変化も分かるようになる」

 この教えはキャンプ中だけでなく、オープン戦や公式戦中も同じだ。島野はあのギョロリとした目で、アップの時、選手の動きを追っていた。

 そして、どんな小さな異変も見逃さなかった。体の不調やけがを隠している者がいる。前夜の酒が残っている者もいる。夫婦関係がうまくいっていない者もいる……。そんな時、さりげなく声をかけて悩みを聞き出し、親身になっていた。

 島野のコーチ人生は星野仙一とともにあった。星野が中日、阪神監督時代、陰で支えた。「星影の男」などと呼ばれ、カラオケでは「星影のワルツ」を歌ったりしていたそうだ。星野は2003年優勝直後に出した『夢 命を懸けたV達成への647日』(角川書店)で<野球においての一心同体、わたしの長年の盟友だ>と書いている。

 同書をよく読めば、島野の「アップを見る」という姿勢は1987(昭和62)年、中日で初めて監督に就いた星野の言葉が契機だったことが分かる。何でも言い合う間柄で、コーチの島野が試合後、星野に「きょうの戦い方は何ですか」と詰め寄った。星野は言い返すように「コーチが試合前の選手を見とらんで、ベンチで新聞記者とぺちゃくちゃしとってええんか」とたしなめたそうだ。以来、目配りを怠らなかったわけだ。

 それにしても、ウオームアップの動きだけで体はもちろん心の好不調を見通すとは、相当な眼力である。島野はわれわれ記者にも「アップを見ろよ」と助言をくれていた。野球記者の目も鍛えられ、磨かれるのがキャンプである。 =敬称略=
 (編集委員)

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2022年2月5日のニュース