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阪神と西武でプレーした榎田が引退決断「最後は野球を楽しめた」、バレンティンに日本記録アーチ被弾

[ 2022年1月25日 05:30 ]

西武を昨季限りで退団した榎田が球団職員に
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 前阪神で今オフに西武を戦力外となっていた榎田大樹投手(35)が24日、現役を引退することを決断した。今後は西武の球団職員として球団本部バイオメカニクス担当と企画室アライアンス戦略担当を兼務。11年間のプロ生活に区切りを付けた。

 「自分の中では“よくやった”と“もうちょっとできた”という思いがありますが、それはどこまでやっても同じだと思う。どこかで線を引いたほうがいいと思っていた。(オファーがない中で)自分の中で期限も決めていた」。昨年12月に12球団合同トライアウトを受け、NPBにこだわることなくオファーを待った。最終的に台湾を中心に海外でのプレーを模索していたが、自身が設けた期限までに具体的な獲得オファーは届かなかった。

 「タイガースで7年間やって、最後はダメかなと思った時もあったけど、西武で4年間やれた。最後は野球を楽しめたというか、自分の思いに正直にプレーできました」

 2010年のドラフト1位で阪神に入団し1年目から球団の新人最多記録となる62試合に登板するなど活躍した。しかし、その後は左肘の手術を経験するなど苦戦。18年の3月に岡本洋介とのトレードで西武へ移った。同年に先発として11勝をマークして復活。6月3日の阪神戦では古巣相手に白星を手にし「3月までいたチームにその3カ月後に投げるってなかなかないと思うので思い出深いです。(藤浪)晋太郎と投げ合って。ちょうど、晋太郎の成績が落ちてきていろいろ言われてる時だったので。複雑だったのはあります」と振り返った。試合後、西武ファンとハイタッチした際に周囲の阪神ファンからも拍手が起こった。「西武に行って良かったんだと思えた。あれは本当にうれしかったですね」

 キャリアのハイライトに挙げたのは、13年にバレンティンに日本プロ野球新記録となるシーズン56号を被弾したシーンで「良い意味でも悪い意味でも覚えてもらったので。(NPB引退で)ちょうどバレンティンが話題になってる時で運命なんですかね」と苦笑いを浮かべた。

 最後に口にしたのは両親への感謝。阪神時代、母・きよ子さん、父・晃さんは鹿児島県曽於郡大崎町から何度も甲子園に駆けつけ声援を送った。「母の献身的な行動力と、父の静かに見守ってくれる感じがうまくかみ合ってましたね。うちは3兄弟で大学まで野球をやらせてもらって、プロに行けた。こうやって球団職員にもつかせてもらい、両親に育ててもらったことも感謝しないといけない」

 今後は若獅子たちを影からサポートしていく。「データにしても、動きのアドバイスにしても個人に合ったものを出して貢献できたら。自分の成功体験を押しつけないようにしたい」。ユニホームを脱いでも野球への情熱は消えない。(遠藤 礼)

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