江本孟紀氏 ノムさんへ弔辞全文「長い付き合いでしたが、褒められたのはたったの一度」

[ 2021年12月11日 15:32 ]

「野村克也さんをしのぶ会」で弔辞を述べる江本氏(撮影・白鳥 佳樹)
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 プロ野球ヤクルトを3度の日本一に導いた名将で、昨年2月に84歳で死去した野村克也さんをしのぶ会が11日、神宮球場で行われ、親交があった多くの球界関係者や教え子たちが参列した。東映から南海に移籍した1972年から50年近い付き合いのあった野球評論家の江本孟紀氏(74)が弔辞を読み上げた。

 弔辞は以下の通り。

 野村さん、あなたが逝ってしまってから、もう2年近くが経ちました。亡くなった次の日にお宅にお邪魔してお別れをした日を忘れられません。本当に安らかなお顔をしていましたね。グラウンドで見たことないようなお顔でした。

 あなたに初めて会ってから来年で50年になります。長い付き合いでしたが、思い返してみれば、私があなたに褒められたのは、たったの一度しかありません。昭和47年、あなたは自主トレ中の南海ホークスの中百舌鳥球場に、でっかいリンカーンで乗り付けてきましたね。あれには驚きました。

 私はその1年前に、ドラフト外で東映に入団し、その年の暮れに南海にトレードされてきたばかりでした。キャッチャー兼監督だったあなたは、0勝4敗の初対面の私に「俺が受ければ10は勝てる。先にエースナンバーをつけとけ」。そういって16番をくれました。その年の開幕戦のダブルヘッダーで私は、阪急の山田久志と投げ合いました。延長13回まで投げて、私の押し出しデッドボールで1―0で負けてしまいました。しかし、帰りのバスであなたはチームメートに「お前ら今日は江本に借りができたな。次は返してやれよ」と声を張り上げてくれました。忘れもしません。私は高校で甲子園の土を踏むことができず、大学でも社会人でも不完全燃焼で、ドラフト外でプロに入りました。その2年目の春にあなたから「借りができた」といってもらえました。そのときにやっと野球選手になれたな、プロでやれるかもしれないなと自信が芽生えました。ただあなたに褒められたのは後にも先にもあの1回きりです。そのあと、どれだけ勝っても、プレーオフや日本シリーズで勝ち投手になっても、引退して解説者、評論家になってからも、一度も褒められた記憶はありません。あげく、三悪人とか言われていました。

 福本豊の盗塁阻止にしても、そうです。あなたが発明したというクイックモーション。実際は福本の足が速すぎて、キャッチャー野村の肩ではどうしても間に合わなかった。だから監督野村が我々ピッチャーに命じたんですよね。「もっとちっちゃいフォームで速く投げろ」。南海の投手陣はアメリカから来たコーチを呼んで、必死に練習しました。その結果、キャッチャーの肩をフォローしました。

 ここ神宮球場では何度か大げんかもしました。あなたは阪神の監督で、解説者の私が投手起用を恐る恐る批判したときでした。あなたは次の日、神宮球場の三塁ベンチで、私が来るのを待ち構えていましたね。阪神のピッチャー陣の名前を書いた紙を作らせて、「どこに使えるピッチャーがおるんや、見てみ」と開口一番、えらい剣幕でした。結局シートノックが始まるまでベンチで言い争いをしていましたね。最下位続きの阪神で選手のやりくりに苦労していたのかもしれません。しかし、この神宮でヤクルトに負けたくなかったのかもしれません。

 でも野村さん、あなたには神宮球場も似合うけれど、私の目に焼き付いているのは大阪球場の南海ホークスの野村克也です。3017試合、657本塁打、南海で名選手になっていなかったら、その後の輝かしいキャリアはなかったと思います。私もあなたに背番号16をもらい、育ててもらって、胴上げ投手の経験もさせてもらいました。あなたとの出会いがあったから、今私はここに立っています。大阪のなんばパークスに南海ホークスのメモリアルギャラリーがあります。南海をやめたときの、もろもろ、もろもろ、いきさつがあって、今まであなたの写真が一枚も飾られていませんでした。ここでファンのみなさんの寄付で今年になってようやく、写真や功績が展示されるようになりました。鶴岡さん、杉浦さん、皆川さん、ブレイザー、空の上で南海の先輩や仲間と仲良くやっていますか。その横にサッチ―はいるでしょうか。悪口の言い合いをしているかもしれません。そのうち、わたしもまた入れてください。

 野村さん、空の上で私の声を聞いてくれていますか。強かった南海の4番バッターで、正捕手で、優勝監督、そんな大先輩の弔辞を私が任されるなんて、本当におこがましいです。今日の弔辞はいかがでしたか。やはり褒めてもらえないかもしれませんね。弔辞を読んだことをいつか空の上の三塁ベンチで一緒に話ができたらいいです。そのときはぼやきもなし、けんかもなしで、2度目のお褒めのお言葉をください。野村さん、本当に今までありがとうございました。

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2021年12月11日のニュース