東海大四 道勢初Vならず…大沢痛恨被弾「1球の怖さ」

[ 2015年4月2日 05:30 ]

<敦賀気比・東海大四>記念撮影で交換した帽子を返す敦賀気比の平沼(右)と東海大四の大沢

第87回選抜高校野球大会・決勝 東海大四1―3敦賀気比

(4月1日 甲子園)
 逆転を信じ、ベンチ前でキャッチボールを続けていた大沢は、準優勝が決まった瞬間も淡々と整列に加わった。泣きたい気持ちは鉄仮面の下にしまい、涙は1粒もこぼさなかった。「1球の怖さが分かった。申し訳ない気持ち。悔しいです」

 北海道最北の稚内市から南に約60キロ、しじみ漁が有名な天塩(てしお)町の出身。人口約3300人の過疎の町から「レベルの高い学校で成長したい」と約300キロ離れた札幌の東海大四に進学した。慣れない寮生活でも弱音を吐かず練習に打ち込んだ。昨冬は毎日ブルペンに入り、多い時で100球を投げ込み。帽子のつばの裏に大きく書いた「田舎魂」を胸に、甲子園決勝まで上り詰めた。

 雨天で試合開始が1時間遅れても冷静さは保った。1―1の4回、自身の野選もあって招いた無死満塁のピンチを「強気でいこう」と武器のスライダーとチェンジアップで無失点。しかし、8回の攻撃から歯車が狂った。無死二、三塁の打席で自らスクイズを志願するも失敗。直後の守り、先頭打者にお家芸の遅球を投じたが結局四球で出塁を許し、1死二塁から甘くなったスライダーを松本に本塁打された。「置きにいってしまった」。唯一、この時だけは強気を貫けなかった。

 道勢初のセンバツVを逃した。それでも今大会5試合40イニング554球を投げたエースを、大脇英徳監督は「よく投げた」とねぎらった。「絶対コントロールミスしない投手になって、夏にまた日本一を目指す」と大沢。サクセスストーリーは道半ばだ。

 ▼巨人・原監督(父の故原貢氏が東海大時代の大脇監督を指導)東海大四を応援していました。道産子たちをよく一つにまとめて堂々と戦った。(大脇)監督の強い指導力を感じましたね。

 ▼14年ソチ五輪男子スキー・ジャンプ銀メダリスト葛西紀明(東海大四OB)準優勝おめでとうございます!この悔しい気持ちを胸に練習をして夏の甲子園では優勝してください!!

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