21世紀枠・松山東8強ならず…中国&四国&九州勢23年ぶり“全滅”

[ 2015年3月29日 05:30 ]

<東海大四・松山東>6000人のの大応援団にあいさつする松山東ナイン

第87回センバツ高校野球第8日・2回戦 松山東2―3東海大四

(3月28日 甲子園)
 決して逃げなかった。8回、1点差とされなお1死二、三塁で打者は4番邵広基(ソウ・カンギ)。一塁は空いていたが、松山東のエース亀岡は敬遠策は取らず、真っ向勝負を選択した。

 「引いたらだめだと思った。(前3打席で1安打2三振と)抑えていたし、勝負した」

 カウント1ストライクから捕手・米田は外角を要求したが、ボールは真ん中へ。はじき返された打球は一、二塁間を破る右前打となり逆転の2者が生還した。恋女房が初回2死二塁から、同校としては1950年夏の決勝・鳴門戦で山本忠彦が放って以来となる本塁打を左翼席にたたき込み奪った2点を守り切れず、右腕は唇をかんだ。

 バス24台でやって来た900人の生徒や学校関係者を含め総勢6000人の大応援団が一塁アルプス席を埋め、ナインに最後まで声援を送り続けた。試合後、亀岡は目を潤ませながら「あれだけの声援を受け力は全て出した。悔いはない」と感謝。続けて「また夏に出て皆さんと校歌を歌いたい」と新たな目標を設定した。4月11日には春季四国大会への出場をかけ今治西と戦う。82年ぶりの春で残した足跡を確かなものにするべく、新たな戦いが始まる。

 ≪中国、四国、九州勢姿消す≫ベスト8が出そろい、春夏の甲子園で優勝経験があるのは常総学院、浦和学院、静岡、県岐阜商、大阪桐蔭の5校と半数以上を占めた。地域別では関東から3校が進出し、東海からは2校。中国、四国、九州から1校も8強に残れなかったのは、1992年の第64回大会以来で23年ぶり。

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2015年3月29日のニュース