追悼連載~「コービー激動の41年」その9 高校生活の最後でついに優勝
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1996年の春。コービー・ブライアントはホーム最終戦となったアカデミー・パーク高戦で50得点をたたき出した。注目度はクライマックスが近づくにつれてますます増大。そして第3シードとなったペンシルベニア州選手権がスタートした。1回戦でACES(エーシズ=ローワー・メリオン高校のニックネーム)はシダークリフ高に前半途中で8点のリードを許した。スタンドの相手サポーターからは「Overrated(過大評価=騒ぎすぎ)!」のコール。しかしヤジられたコービーのアリウープが流れを変えた。
パスは悪かった。コービーは右手でボールをキャッチしたがその位置は耳の後ろ。ところが体を反転させながらボールを左手に持ち替えると、腕をぐるりと回して直径45センチのリングの中にボールをたたきこんだ。滞空時間の長いダブルクラッチからのウインドミル。ここから連続12点を挙げたACESは一気にリズムをつかんで勝利を収めた。
次の相手は前年に50―77で大敗したチェスター高。ACESの選手はその屈辱を忘れないためにユニフォームに敗れた点差を意味する「27」という数字を記してこの戦いに挑んだ。このとき鼻骨を骨折していたコービーの出来は決してよくなかった。第3Qまで放ったフィールドゴール25本のうち17本を外し、ターンオーバーは5回。それでも第4Qに12得点を集中させ、延長で77―69と勝利を収めて州の決勝戦に駒を進めた。
1996年3月23日。ペンシルベニア州の高校王者を決める一戦はチョコレート・メーカーの名前でも有名なハーシーで行われた。ここはあのウィルト・チェンバレン(当時ウォリアーズ)が1962年3月2日、NBA最多となる100得点をニックス戦でマークした歴史的な場所。33年の歳月を経て、今度は未来のスーパースターが新たな歴史を築こうとしていた。
ACESの相手は24勝6敗でシーズンを乗り切ったエリー・キャシードラル高。チームカラーは好対照でACESがアップテンポな試合展開を持ち味にしているのに対し、Ramblers(ランブラーズ=放浪する人)の愛称を持つエリー・キャシードラル高はディフェンス重視で試合運びはゆったりしていた。
コービーは不調。第1Qは相手の術中にはまって無得点に終わった。再び「Overrated!」というヤジが飛ぶ。頼りにしていたガードのパングラジオは足の故障で欠場。第2Qにコービーは8得点を挙げたものの、流れを変えるには至らなかった。前半は15―21。試合はランブラーズ得意のロースコアになっていた。
第4Qの残り3分、ACESはコービーの2本のフリースローで41―41。接戦はまだ続き、残り30秒で45―43となった。ここでコービーが最後のエネルギーをふりしぼる。相手がゴール下でシュートをミス。コービーはリバウンドをキープし、そのまま速攻に持ち込んだ。ここで相手を引きつけ、サイドを走っていたパングラジオの代役、オマー・ハッチャーにパス。そのハッチャーがレイアップを決めて決定的とも言えるダメ押しの得点を加えた。そして試合終了。コートにはローワー・メリオン高の生徒がなだれこみ、53年ぶりの優勝に学校関係者や地元の人たちは狂喜乱舞した。
表彰式でブライアントはとびきりの笑顔を見せた。「さあコービー、次はどうするの?ラサール?デューク?それともNBA?教えてよ、答えてよ」。試合後の記者の興味はACESの大黒柱の進路一色。だがヒーローはウィットのきいた答えを返した。「まず次にやることはシャワーを浴びること。それから着替えてパーティーに行く」。
高校最後のシーズンではUSAトゥデー紙など多くのメディアが選出する全米最優秀選手にも輝いた。高校生活の最後の試合で経験した喜びと充実感。だがシャワーを浴びてパーティーに出席したコービーは、ここから真剣に「NEXT」を考えなくてはならなくなった。NBAドラフトまであと3カ月。運命の日が迫っていた。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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