手続きミスから失った半世紀を東京で取り戻す 男子ホッケー52年ぶりの夢舞台

[ 2019年8月28日 10:00 ]

2020 THE TOPICS 話題の側面

五輪における自身の経験を語る長屋恭一さん
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 男子ホッケー日本代表「サムライジャパン」は、2020年東京大会で、68年メキシコ大会以来、52年ぶりに五輪に出場する。72年ミュンヘン大会は出場資格を持ちながら、前代未聞の手続きミスで出場できず。以後、暗黒時代に突入した。当時、運命に翻弄(ほんろう)された長屋恭一さん(70)らの思いを背負い、攻守の要のMF田中世蓮(せれん、26=岐阜朝日クラブ)は“黒歴史”の塗り替えに挑む。

 52年ぶり五輪出場のホッケー男子日本代表には、悲しい歴史がある。72年ミュンヘン五輪。出場資格を持ちながら、日本体育協会・日本オリンピック委員会(JOC)の手続きミスで出場ができなかった。約半世紀を経ても残る無念を、長屋さんは口にした。

 「あれだけ苦しい思いをした。五輪に命を懸けているようなものだった。なんでこんなことが起こるのか」

 70年アジア大会の銅メダルで五輪切符をつかんだ。力があった。目指すはメダル。一丸になって「栄養失調者が出るほど」の過酷な合宿を乗り越えた直後に、日本五輪史に残る失態を報道で知った。

 ホッケー協会百年史には、体協・JOCが五輪出場に必要な「予備エントリーに関する処理を忘却」とある。申請を忘れたのだ。JOCの全面的な謝罪と、陳謝の手紙などで事態は収拾した。長屋さんは失意のまま現役に別れを告げた。

 欧州系の技術に、体力で対抗していた日本のホッケーは、ミュンヘンを逃し、世界からより取り残された。暗黒時代に突入した。

 「ミュンヘンに出て、結果によっては変わっていたと思う。競技が発展したかも、ね」

 長屋さんにはもう一つ苦い経験がある。19歳で出た68年メキシコ五輪のインド戦。日本は「誤審」への抗議の意味で試合中に全員がベンチに引き揚げた。10分たって試合放棄とみなされ、敗れた。

 スポーツマンシップに反する行為として、日本選手団の幹部に厳しく注意された。男子が“最後”に出た五輪でも、「不名誉」な記録が残っているのだ。

 東京五輪は、2つの黒歴史を塗り替える舞台になる。2年連続国内リーグMVPのMF田中は、強豪の岐阜朝日クラブに所属。監督は長屋さんだ。チャンスにもピンチにも顔を出す献身的なプレーが持ち味。「長屋先生に昔の自分を見ているようだと言われた。うれしかった」。代表の中心選手として引っ張ると同時に、先人の思いを肌で感じている。

 「今と違って本当に厳しい環境で、もの凄い合宿をしたと聞きました。それなのに、五輪に出られなかった。長屋先生の悔しい気持ち、いろいろな人の思いを背負って、サムライジャパンの目標の金メダルを目指したい」

 欧州で実績があるシギ・アイクマン氏(60=オランダ)が17年6月に監督に再任し、代表は飛躍した。堅守からのカウンターが武器。18年アジア大会で初優勝。東京五輪は「開催国枠」を認められていたが自力で出場権を勝ち取った。

 今も、走力が日本の生命線。磨くための取り組みは科学的だ。最新のGPSで心拍数、運動の強度などもチェック。毎日の検尿で、体調管理にも努める。オーストラリアなど、世界の強豪に食い下がる試合が増えてきた。女子「さくらジャパン」に話題が集まるが、男子も力を付けている。

 「東京五輪ではみんなが感動する、気を入れた戦いをしてほしい。そうすれば、ひょっとしたら…。勝てば、取り上げられる。そうすれば、ホッケーも変わるんじゃないですか」

 メガネの奥で輝く長屋さんの瞳は、70歳とは思えぬ若々しさだ。東京は男子ホッケー界50年分の情熱が詰まった舞台。さあ、新しい歴史をつくろう。

 【指導者生活で“絶対”の教訓に】
 長屋さんは引退後、審判に転身した。教員をしながら、「世界のホッケーを知りたい」と国際大会で笛を吹いた。その知識が指導者として生きた。岐阜総合学園高を率いて、全国優勝10回。実績を買われ、男子代表監督に就任し、専門家を集める科学的な手法で育成。08年北京五輪はあと一歩で出場を逃した。

 長い指導者生活で、今も大切にしていることがある。ミュンヘンの一連の騒動で学んだことだ。「大会出場の申し込みは、郵送した後も必ず電話で到着を確認する。メールも信用しない。選手にあんな悲しいことをさせてはいけない。何があっても確認。教え子にもそう教えています」。その言葉は重く、誰にとっても教訓になる。

【長屋さんのチームに所属する快速自慢MF永井】
MF永井祐真(23=岐阜朝日クラブ)が赤丸急上昇中だ。今年、代表に初めて招集されると、50メートル6秒1の快足と豊富な運動量で頭角を現した。8月の五輪テストイベントでも全4試合に出場した。

 「東京は暑い中の大会。強豪でもバテる。本領発揮ができない環境なら、日本の勝ち数も増えていくと思う」

 永井はホッケー界のサラブレッドだ。姉の友理、葉月は現役の代表。父の祐司さんは元女子代表監督で、母の理重子さんも元代表だった。ただし、英才教育とは無縁で小中学校はサッカー。競技を始めた高校でさえ、自宅でドリブル練習をしていると、教えられるどころか、母と姉から「危ない」と止められた。良家の出の重圧に縛られず、個性を伸ばしてきた。昨年から2度のオランダ武者修行を経て急成長。きょうだいでメダル獲得を目指す。

 【日本代表で受け継がれる「大和魂」】
 17日に行われた五輪テスト大会初戦のニュージーランド戦後、アイクマン監督は「ヤマトダマシイ、アキラメナイを見せることができた」と口にした。3―4で敗れたものの、一時は2点差を逆転した。MF田中によれば、日本人の精神力の象徴として、その2つの言葉がミーティングでも盛んに使われるという。08年北京五輪予選の男子代表を率いた長屋さんも「大和魂」を唱えた。勝負を捨てない気持ちは受け継がれている。

 ▽サムライジャパン 日本ホッケー連盟は、一般公募によって、08年3月に男子日本代表の愛称として発表。商標登録をした。しかし、同年11月に野球日本代表も同名を名乗る。ホッケー側が抗議する一幕もあったが、話し合いを経て、現在はホッケーが「サムライジャパン」、野球が「侍ジャパン」で落ち着いている。

 ▽ホッケー 縦91・4メートル、横55メートルのフィールドで争う。ボールの直径は7・5センチで、野球の硬球とほぼ同じ大きさ、重さ。1チーム16人でフィールドに立てるのは11人。選手交代は自由。試合は15分の4クオーター制(合計60分)。スティックは片面だけでボールをコントロールする。五輪は男子が1908年ロンドン、女子は80年モスクワから採用された。

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