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黒岩よしひろ氏の死に思う 描き切れぬ漫画家の苦悩

黒岩よしひろ氏「魔神竜バリオン」と「変幻戦忍アスカ」?黒岩よしひろ/集英社
Photo By 提供写真

 5月16日、漫画家の黒岩よしひろ氏が死去したと報じられた。同8日、心筋梗塞のため55歳で亡くなっていたとのことだった。

 代表作は月刊少年ジャンプで1992年から連載され、アニメ化もされた「鬼神童子ZENKI」(谷菊秀氏原作)。だが、1980年代後半から90年代の少年期に週刊少年ジャンプをむさぼり読んだ記者としては、当時の黒岩氏の作品が懐かしい。

 残念ながら同誌ではヒットに恵まれなかった。初連載の「サスケ忍伝」(86年)は10週で終了し、続く「魔神竜バリオン」(87年)は11週、「変幻戦忍アスカ」(88年)は18週、「不思議ハンター」(90年)は17週と短期で終わっている。

 少年時代の記憶であいまいな部分も多いが、絵はキレイで、女の子もかわいかったと思う。エロもあった。当時のジャンプに他誌より硬派な印象を持っていただけに、気になる先生だった。

 中でも印象深いのは「バリオン」。当時の週刊漫画誌…いや漫画では珍しいオリジナルのロボットもので、メカデザインも格好良かった。動力源は水から取り出すエネルギーという設定など世界観も練られたもので、11週での連載終了は残念だった。

 戦闘ヒロインものの「アスカ」は、後の「セーラームーン」や「プリキュア」シリーズの盛り上がりを考えれば、時代を先取りしすぎたのかもしれない。

 なぜか気になっていた黒岩ワールド。今思えばコンセプトの面白さ、スケールの大きさを感じていたからだと思う。それだけに描き切れぬ作者の無念、また読者として読み足りぬ思いが混然となり、心に残っていた。

 当時のジャンプは、同じく短命に終わった「飛ぶ教室」「メタルK」「てんぎゃん」「恐竜大紀行」なども印象深い作品だった。「海人ゴンズイ」「ラブ&ファイヤー」など人気漫画家の作品でも、あっさり切られた例もある。巻末コメントに、不完全燃焼の思いをつづって消えていった作家もいた。毎週ワクワクして読む漫画誌の裏に、厳しい生存競争があると感じていた。

 黒岩氏は「不思議ハンター」を最後に週刊少年ジャンプを去った。“黄金期”と言われる当時のジャンプだが、少年読者の心に残るのはひと握りの看板作品だけではなかった。黒岩氏の作品も、記者は毎週楽しみにしていた。…と今ごろ書いても黒岩氏には届かないのだが。

 その後、月刊少年ジャンプで連載した「ZENKI」がヒットしたのはうれしかった。漫画家として苦しい時期もあったはずだが、残されたブログには、日常のささいな報告や漫画に向き合う真摯(しんし)な姿勢がつづられ、人柄がしのばれた。

 ホーム社のWEB漫画無料サイト「Z」で連載中だった「乙女神天照」が、黒岩氏の遺作となった。日本の神話をモチーフとする、こだわりの“戦うヒロイン”を描いたものだった。ペン入れの進んでいた14話とラストまでのアイデアを何らかの形にして発表する予定という。(岩田 浩史)

[ 2018年6月4日 10:50 ]

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