高畑勲さんお別れの会 ファン2000人が列 宮崎駿監督は涙でお別れ

[ 2018年5月15日 17:00 ]

高畑勲さんのお別れの会で、涙ながらに弔辞を読む宮崎駿監督。後方は鈴木敏夫プロデューサー
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 「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」など数々の名作を手掛け、4月5日に肺がんのため死去したアニメーション映画監督の高畑勲さん(享年82)のお別れの会が15日、東京都三鷹市の三鷹の森ジブリ美術館で営まれた。

 盟友の宮崎駿監督(77)が「お別れの会」委員長を務め、山田洋次監督(86)、押井守監督(66)、岩井俊二監督(55)、落語家の柳家小三治(78)、女優の宮本信子(73)、竹下景子(64)、瀧本美織(26)、俳優の柳葉敏郎(57)、益岡徹(61)ら約1200人の関係者が参列。午後には一般客による献花も行われ、約2000人が行列を作った。

 お別れの会委員長を務めた宮崎駿監督(77)は「パクさん(高畑さんの愛称)は95歳まで生きると思いこんでいた。自分にもあんまり時間がないんだと思う」と声を詰まらせながら盟友を悼んだ。55年前にバス停で出会った時のことを懐かしみ、「ありがとうパクさん、55年前雨上がりのバス停で声をかけてくれたパクさんの姿を忘れない」と涙ながらに呼びかけた。

 主催者代表としてあいさつした鈴木敏夫プロデュサー(69)は「高畑さんに会うときはいつも緊張感がありました。40年間、それは続きました。最後に会ったのは3月30日、病室でした」と振り返り、「最後まで僕と高畑さんは監督とプロデューサー、そういう関係だったと思います。もっと時間が経てば、いい感じで思い出せるのかな」としのんだ。

 お別れの会は、宮崎監督と鈴木氏の「ジブリとして盛大なお別れの会で見送りたい」という言葉に従い、大勢の参列者のもと開催された。2010年に撮影されたもので、家族が選んだという遺影を囲んだ祭壇には「高畑勲監督を野に咲く花たちで囲みたい」という思いから、あじさい、つつじ、アイビー、トルコキキョウなど約2000本の草花で飾られた。献花には白、クリーム色、グリーンのカーネーションが使われた。

 会場には、「おもいでぽろぽろ」の作品に因んだ紅花、フランスから叙勲された勲章を「パンダコパンダ」のパパンダ(お父さんパンダ)の胸につけて飾ったもの、「かぐや姫の物語」の羽子板など、家族葬でも飾られたものが展示された。

 高畑監督は1959年に東映動画に入社し、68年に「太陽の王子ホルスの大冒険」で劇場用長編アニメを初監督。70年代に「アルプスの少女ハイジ」などのテレビシリーズを演出し、日本アニメの礎を築いた。85年に宮崎監督とスタジオジブリを設立。野坂昭如さんの小説を自身の監督・脚本で映画化した88年「火垂るの墓」をはじめ、「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」「かぐや姫の物語」などの名作を送り出した。

 【主な参列者】宮崎駿監督、鈴木敏夫プロデュサー、音楽家の久石譲氏、アニメーターの大塚康生氏、小田部羊一氏、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット氏、二階堂和美、岩井俊二監督、富野由悠季監督、山田洋次監督、樋口真嗣監督、押井守監督、西村義明氏、宮本信子、柳家小三治、益岡徹、竹下景子、瀧本美織、野々村真、本名陽子、福澤朗、柳葉敏郎、大村秀章愛知県知事、清原慶子三鷹市長

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