たけし「ロック座ママ一代記」撮りたかった…映画化構想明かす

[ 2017年5月2日 05:30 ]

ロック座の名誉会長、斎藤智恵子さんの通夜に参列し、斎藤さんを主人公にした映画化の構想があったことを明かしたビートたけし
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 4月28日に胃がんのために都内の病院で亡くなった浅草ロック座の名誉会長、斎藤智恵子さん(享年90)の通夜が1日、東京都台東区西浅草の東本願寺で営まれ、約400人が参列した。20年来の付き合いで、斎藤さんを「ママ」と慕っていたタレントのビートたけし(70)も弔問に訪れ、斎藤さんを主人公にした映画化の構想があったことを明かした。

 焼香を終え、会場を出る際に、たけしは報道陣の質問に応じた。目を少し潤ませて「実は映画化したいと思っていたんです」と切り出した。その主演に想定していたのは映画「HANA―BI」のヒロイン役などたけし映画に多数出演する女優の岸本加世子(56)。「加世子をママに会わせて一代記を撮ろうと思っていたんですよ」と静かに明かした。

 斎藤さんについて「もし男だったら全国制覇してたか、殺されてたかどっちか」。たけしが浅草のフランス座で芸人としてデビューした頃、すでにロック座を切り盛りする斎藤さんは伝説の人だった。小屋の経営のためやくざと渡り合ったこともあった。一方で困っている人間を放っておけず、お金を借りにきた知り合いには必ずといっていいほど応えた。長男で喪主の斎藤恒久さん(69)は「これまでに数十億は人に貸したんじゃないか」と話す。しかし、その多くは返ってこなかったという。

 たけしとは90年代後半にテレビ関係者を介し親交が深まった。映画「座頭市」は、斎藤さんが故勝新太郎さんと親しかったからこそ完成した作品だった。たけしは「俺のこと、勝さんの後釜と思ったんじゃないの」と話すが、斎藤さんはそれほどたけしの男の色気にほれ込んでいた。

 「うちの軍団の若いのもお世話になった。高級なものをごちそうになって、お小遣いもらったり」と自分だけでなく“弟子”もかわいがってもらった。最後に会ったのは昨年3月、浅草公会堂でたけしが単独ライブを行ったとき。「そのとき車いすで、“体の調子が悪いの”と言ってましたね。100まで生きると思ってたのに」と振り返り「浅草がつまんなくなるなぁ」とさびしそうに語った。

 祭壇には斎藤さんが好きだった紫色の花が中心に飾られ、棺の中には愛用の眼鏡が入れられた。葬儀・告別式は2日午後0時半から同所で営まれる。

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