古舘伊知郎氏「しゃべり屋」の原点 深夜トイレで「電流走った」

[ 2016年6月28日 11:15 ]

マシンガントークをさく裂させる古舘氏
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 「しゃべり屋」。古舘伊知郎氏(61)は自身をそう定義する。12年間務めてきたテレビ朝日「報道ステーション」キャスターを今年3月31日に卒業。6月1日にトークライブで復帰し、バラエティー番組にも出演すると、報ステでの自制した姿が別人だったかのように自由奔放、縦横無尽に語り始めた。しゃべり屋の原点に迫る。

 話しだしたら止まらない。言葉が次から次へとよどみなく出てくる。しかもテンションが高い。2時間に及んだインタビュー。最初に聞きたいテーマを伝えると、あとは質問する隙がほとんどないほどだった。

 まずは報道からバラエティーに帰ってきた現在の話から。

 「僕は肩書が難しいんです。アナウンサーと言えばアナウンサーだけれど。お笑い芸人でもないし、落語家でもない。講談師、弁士、浪花節語りがうらやましい。だって、肩書がしっかりしてるから。報道を12年やって戻ってきた今、“職業は何?”と聞かれれば“しゃべり屋です”と答えます」

 キャスター時代は発言に対する規制が多く、その個性的な語り口は失われていた。12年もの長い時間をそれに費やしたことはもったいなかったという見方もできるが、本人にとって報道を経験したことは決してマイナスではなかったようだ。

 「IMF(国際通貨基金)のラガルド専務理事のことを“ダイエットに成功した司馬遼太郎さんみたい”と言えるようになった。2人の白髪の感じが似てるんですよ。お笑い芸人さんの話には、ラガルド専務理事やECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁は出てこない。堅い話を面白く、面白い話を堅めにアレンジする。それが、今の僕に課せられた使命かな」

 しゃべり屋の原点は中学2年の時のラジオにあった。その頃、受験勉強するふりをして深夜放送をよく聴いていた。

 「和式トイレにトランジスタラジオを持って入って、しゃがんで用を足していた時のことです。午前1時、オールナイトニッポン(ニッポン放送)が始まってパーソナリティーの“太陽の代わりに音楽を。青空の代わりに夢を”という声が聞こえてきた。その瞬間、背中がゾクゾクッとしました。電流が走ってしびれを感じるという肉体感覚があったんです。あの時のパーソナリティーは糸居五郎さんか今仁哲夫さんだったと思いますが、僕はこういう歌い上げるようなしゃべりが好きなんだと、その時に自覚しました」

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