【内田雅也の追球】「考える」という魅力 独りきりになりたかった岡田監督

[ 2023年4月26日 08:00 ]

室内練習場で練習を見守る阪神・岡田監督(撮影・大森 寛明)
Photo By スポニチ

 阪神ファンだった阿久悠は1997年2~7月、本紙に自称「SF野球小説」の『球心蔵(きゅうしんぐら)』を連載していた。後に河出書房新社で書籍化された。

 甲子園での試合が中止になった夕方、阪神監督・岡田彰布(小説では岡安良雄)が神戸・三宮まで出向くシーンがある。

 <やはり野球は自然の中でやるのがいい、雨や風が神になったり悪魔になったりするのがいい>。本当の岡田も同じことを思っているのではないか。自然と一体の甲子園を愛し、雨天中止も野球の一部だと考えている。

 小説では岡田がマネジャーが気遣ったタクシーを断り、電車に乗って三宮に向かっている。

 この日、巨人戦が雨天中止となると、岡田は自分の愛車ベンツを運転し甲子園をあとにした。

 球団として用意した監督専用のハイヤーを断っている。「独りになれる時間、空間がほしいのよ。独りになって考える時間がな。家から甲子園までの30分が貴重な時間になるんよな」

 車好きでモータージャーナリストの肩書もある音楽プロデューサー、松任谷正隆がタクシー乗車時の気疲れを書いていた。<別のお客を乗せたときに、僕のことを変なふうに言われないようにしなきゃ(中略)なぜこんなに気を使わなくてはならないのだろう、とふと考える>。日本自動車連盟発行の冊子『JAF Mate』の連載エッセー『車のある風景』で読んだ。ハイヤーにも運転手がいる。岡田も独りきりになりたいのだ。

 一人っ子だった岡田は小学生時代、自宅近く、大阪女学院の塀にボールをぶつける「1人野球」で遊んだ。玉造公園のブランコに乗りながら野球の作戦を考えていた。

 考えるスポーツだからこそ、岡田は野球のとりこになったのだろう。

 野球に関する作品が多い随筆家、ロジャー・エンジェルが野球にひかれる理由を語っている。著書『憧れの大リーガーたち』(集英社文庫)の解説にあった。「常に考えてプレーしなければならず、したがって考え深い内省的な選手がたくさんいる。それだけ考え抜いていても、毎日の試合ごとに予期しないことが起きる。それほど厳しい環境が野球なのだ。何とも魅力的ではないか」

 この日の岡田には考える時間が多くあった。小説では岡田は雨天中止の夜に考え、2軍から若手を登用、快進撃を呼んでいる。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

2023年4月26日のニュース