中日・福留 引退で「普通の父親に戻れる」 憧れ立浪監督の力になれず「悔しさもある」

[ 2022年9月9日 04:45 ]

中日・福留孝介 引退会見 ( 2022年9月8日 )

<中日・福留引退会見>引退を表明し、思いを語る福留(撮影・椎名 航)
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 【中日・福留孝介 引退会見一問一答】

 ――引退を決めた時期は。
 「毎年この年になって野球をやっている以上、常にその(引退する)気持ちを持ってやっている。その中でも今年は、最初から(先発で)使っていただいて結果も出なかった。そういう意味では自分の中にそういう(引退という)気持ちがあったのは割と早い段階。(球団に伝えたのは)本当につい最近」

 ――技術面か気持ちか?
 「技術はまだまだ足りないものがたくさんある。やっぱり気持ちの面が一番大きい」

 ――家族の反応は。
 「号泣はしなかった。笑顔でお疲れさまと言ってくれた。一番迷惑もかけたので、ちょっとホッとした。子どもたちともこれから少し時間ができるので、いろんなことをしたい。普通の父親に戻れる部分なのかなと思う」

 ――実家には。
 「よくやったね、お疲れさん、またゆっくりなと。それだけです」

 ――真っ先に連絡した人は。
 「お世話になった方、思いつく方に全て連絡はした。歴代の監督の方にはまず最初に連絡させていただいた」

 ――近鉄にドラフト指名されて、逆指名で中日に。
 「そんな簡単にできる世界ではないと思っていた。簡単ではなかったが、自分が選んだ道なのでそれなりに楽しかった」

 ――転機は。
 「内野から外野に転向したシーズンが転機だと思う」

 ――02年に首位打者を獲得。三冠王を狙う松井秀喜との争いがあった。
 「緊張はしながらやっていた。緊張しながらも若かったのもあるし、あまり周りは気にしなかった」

 ――06年のWBCでは準決勝の韓国戦で代打決勝アーチ。
 「そういう場面で回ってくるのも少ない。自分が打ったことより勝ったことがうれしかった。シーズン前に調子が上がらない中で周りに迷惑をかけて、それでも使ってもらって、運には恵まれたと思う。米国では盛り上がりが分からなかったが、帰ってきて名古屋駅で新幹線降りた時の人の多さにはびっくりした」

 ――08年から5年間大リーグに挑戦。
 「1回しかない野球人生なのでチャレンジさせてもらった。良いことも悪いこともあった。でもまた違った野球を自分で体感できて、よかったと思う。日本では1、2軍の差は言葉では聞くけど、(アメリカでは)これだけ格差がある。日本は恵まれているなと改めて感じた」

 ――13年に阪神移籍。
 「もう一回日本でやりたいということで8年間やらせていただいた。ドラゴンズ以外は知らなかった。違うチームの野球、環境を見ることができたのは感謝している。いい勉強をたくさんさせていただいた」

 ――関西のファンへ。
 「本当に8年間良い時も悪いときもあったが、応援していただいて。最後にファンにあいさつ、お礼をいう機会はなかったが、本当にありがとうございましたの一言」

 ――20年オフに中日復帰。
 「まだ諦めきれなくて野球がやりたくて手を差し伸べてくださった。2年間ですけど、ドラゴンズのユニホームを着てやらせていただいて、このユニホームで野球人生を終わることができて感謝している」

 ――今季初安打を振り返って。
 「PLの先輩である立浪監督に開幕スタメンで使ってもらいましたし、ここ一番で代打で使っていただいて。結果が出せずに自分自身に腹が立っていましたし、申し訳ないという中で出た1本だった。自分の中でホッとした部分はあった」

 ――立浪監督は子どものころにキャンプで見て憧れた。
 「憧れの存在であったことは間違いない。最後に力になれなかったのは悔しさもある。(話は)先日させていただいた。力になれなくて申し訳ないと言われたが、力になれなかったのは僕なので、そういう言葉はありがたかった」

 ――誇れる数字は。
 「やっぱり2000本(安打)は何とか達成したいと思ってやってきた。日米合算だが、達成できたのはよかった。みなさんから努力と言われるが、自分が好きでやっていること。好きでやってきて、いろんな方にいろんなアドバイスをいただいて、それを理解してかみ砕いて続けてこられたのはよかった」

 ――引退後は。
 「これだけお世話になったので自分のできること、必要としていただけるなら、微力ながらもやっていけたら。(ユニホームを着ることは)まだ何も考えていない。とりあえず一度ゆっくりしたい。おいおい考えます」

 ――プロ入り最初の監督だった星野さんへの思い。
 「監督には本当に感謝しかない。(シーズンが)終わってからゆっくりと報告に行きたい」

 ――大野雄ら7選手からサプライズで花束。
 「ああやって来てもらってありがたかった。2年間しかなかったが、多くの選手が来てくれて素直にうれしかった」

 ――ユニホームでの会見は。
 「ネクタイが苦しいから。それだけです」

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2022年9月9日のニュース