和歌山大はなぜ優勝できたのか(前編) タイトル不在、「ノーサイン」進化、「流れ」読む選手たち

[ 2022年5月14日 13:14 ]

金谷主将を胴上げし、優勝を祝う和歌山大野球部員=提供・和歌山大野球部=
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 【内田雅也の広角追球】今春の近畿学生野球リーグで2年連続優勝を飾った和歌山大は不思議なチームだ。傑出した選手はいないが、知らぬ間に勝っている。そんな戦いぶりだった。

 優勝は昨春以来2季ぶり4度目で、初めて全チームから勝ち点をあげる完全優勝を果たした。

 同リーグは12日で全日程を終了した。個人成績の集計されたが、いわゆるタイトルを獲得した者はいない。3割打者3人は打撃10傑の7、9、10位。安打数、本塁打、打点、盗塁などでトップの者はいない。

 大原弘監督(57)が「ある意味、うちの象徴」という公称1メートル69の4番打者、高桑篤耶(3年=金津)は「身の丈に合った打撃をする」と話しているそうだ。

 投手部門も左腕2本柱、1メートル68の船引駿平(3年=星陵)、1メートル70の島龍成(2年=履正社)がよく投げたが、勝ち星は船引1勝、島2勝(3人いる最多タイ)。防御率、奪三振などでもトップに立っていない。

 それでもチーム打率・253、チーム防御率2・05はともにリーグ最高。明らかに個人ではなく、団体の力で勝ってきたのだとわかる。

 もう一度、成績を見直すと、四球数が際だって多いことが分かる。12試合で63四球、10死球はいずれも最多。1試合平均6個以上の四死球を得ている。箕沢孝介(4年=向陽)がリーグ最多の四球12個、金谷温宜(かねたに・はるき、4年=創志学園)と柏田樹(4年=和歌山商)が11個、松田遼太(2年=履正社)8個……と続く。出塁率が高いのだ。

 「確かに四球数が多いのが特徴と言えます」と大原監督も認める。目立つのが打者の選球、待球である。第1ストライク、時に第2ストライクも振らずに待つ。追い込まれるとファウルで粘る。2ボール―0ストライク、3―1など打者有利のカウントでも平気で見送っている。

 大原監督が「待て」を指示しているわけではない。何しろチームは「ノーサイン野球」を貫いている。「ボール球に手を出して相手投手を助ける打撃はしません。特にこのチームは打力のある者がいないので自分たちで考え、確率の高い方法を選んでいるのでしょう」

 相手投手に球数を投げさせ、消耗戦に持ち込む。たとえば、大阪観光大との2回戦(4月25日・南港中央)では試合前、相手先発投手に「5回まで100球投げさせよう」と話し合って臨んだ。5回終了時、2―3と劣勢だったが、相手投手は105球を投げていた。6回表、四球を足場に長短打で同点として降板に追い込み、2番手投手から勝ち越し点をもぎ取った。

 大原監督は「5回終了で2点差なら勝機はある」と言って聞かせる。実際2018年秋の優勝から50試合続けて、5回終了時で3点差以上ビハインドがないという。先発投手が踏ん張り、試合を壊していない。

 こうして後半勝負に持ち込む。今季10勝のうち半分の5勝が逆転勝ち、うち9回裏の逆転サヨナラ勝ちが2試合ある。粘りが身上なのだ。

 グラウンドはアメリカンフットボール部と共用で平日フルに使用できるのは週2日。短い練習時間はゴロ捕りやボール回しなど基本のドリルが中心だ。実戦練習では3イニングだけの紅白戦で「1点ビハインドの7回」「無死一塁、1ボールから」……など条件を設定して感覚を磨く。

 この実戦練習で疑問点があれば、試合を止め、全員集合で話し合う。これが「ノーサイン野球」の礎になる。選手たちがバント、盗塁、ヒットエンドラン、時にスクイズ……と自分たちで試合を進めるわけだが「あの時、走者(打者)はどんな気持ちでいたか」を相互に確認するわけだ。

 注意するのは試合の「流れ」である。相手に流れを渡すような打撃や走塁は選手同士で戒める。中心になるのが監督や選手たちが全幅の信頼を置く主将の金谷だ。「新チームになって、最初は全くできませんでした。実戦練習やオープン戦、それからリーグ戦に入っても、一戦一戦、心が通じ合い、成長することができました」

 昨年は春に優勝、全日本選手権でも1勝をあげ、優勝した慶応大に2―4の接戦を演じた。秋はリーグ最終戦で敗れ、優勝を逃した。悔しさを胸にV奪回で臨んだシーズンだった。ただ、昨年のチームから指名打者(DH)を含め正選手10人中7人が抜けた。新チーム結成時はポジションも定まらず、試行錯誤を繰り返した。監督自身「ここまで成長するとは」と驚く源は、グラウンド外での活動にあった。=後編に続く= (編集委員)


 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。和歌山大の大原弘監督は和歌山リトルリーグ、桐蔭(旧制和歌山中)野球部の後輩にあたる。阪神を追うコラム『内田雅也の追球』も選手たちの「考える野球」の題材になっている。

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