V奪回から2日…巨人・阿部、電撃引退 19年目40歳、405発の球団史上最高捕手

[ 2019年9月24日 05:00 ]

<ヤ・巨24>8回1死、阿部は同点ソロを放ち鈴木コーチとタッチ(撮影・村上 大輔)
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 巨人・阿部慎之助捕手(40)が今季限りで現役を引退することが23日、明らかになった。常勝軍団の正捕手として1年目から活躍し、2000安打に400本塁打を達成。今季は主に代打として勝負強い打撃を発揮し、5年ぶりのリーグ制覇に貢献した。「球団史上最強の捕手」として数々の金字塔を打ち立てたスラッガーが、19年間のプロ野球人生に幕を下ろす。

 球史に残る強打の名捕手がバットとマスクを置く。阿部が背番号10のユニホームを脱ぐ。この日のヤクルト戦でも6回に代打で登場すると中前打をマーク。そのまま一塁の守備に就き、4―5の8回1死から右翼席へ通算405本目となる同点の6号ソロを描いた。笑顔でダイヤモンドを一周し、続く大城が決勝ソロを放つと、ベンチでは左手を突き上げて喜んだ。それでも決断は揺るがなかった。

 今季は4年ぶりに捕手復帰し、代打の切り札として開幕を迎えた。19年間の蓄積疲労もあって捕手出場はかなわなかったが、勝負強い打撃は40歳になっても健在だった。夏場から一塁手としての先発起用も増え、92試合に出場。打率・299、6本塁打、26打点と存在感を見せていた。

 00年のドラフト1位で巨人に入団。1年目から長嶋監督に開幕スタメンで起用され、いきなり4打点を挙げる鮮烈デビューを飾った。常勝軍団の「扇の要」を務めながら、主砲としてもけん引。12年には104打点、打率・340の2冠に輝いて、MVPも受賞した。

 07年から8年間、主将を務め、チームの精神的支柱として8度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。17年には巨人の生え抜きとしては史上5人目となる2000安打を達成。今年6月には王貞治、長嶋茂雄に次ぐ400号の大台にも乗せた。

 実力はもちろんのこと、ファンから愛されるキャラクターだった。お立ち台での「最高でーす!」のフレーズはおなじみで、今季も東京ドームに登場すると、割れんばかりの大歓声が起こった。「あの地鳴りのような声援が励みで、まだ頑張ろうと思える」と阿部の活力となってきた。

 15年からは4年連続V逸。今季の開幕前には「もう一回、日本一になってビールかけをしたい。そうしたら心置きなく辞められるよ」と19年目に懸ける熱い思いを口にしていた。そして、21日に5年ぶりのリーグ制覇を達成した。15年に主将の大役を託した坂本勇がリーダーシップを発揮する姿に頼もしさを感じた。一回り以上年下の若手が台頭し、チームの底上げを実感したことも引退を後押しした。

 強烈なキャプテンシーを持ち、後輩からの人望も厚いだけに、将来の監督候補。引退後は原監督の下で帝王学を学ぶため、コーチとして入閣が期待される。CS、日本シリーズまではプレーを続ける。日本一を花道に、有終の美を飾る覚悟だ。

 ◆阿部 慎之助(あべ・しんのすけ)1979年(昭54)3月20日生まれ、千葉県出身の40歳。東京・安田学園では通算38本塁 打も甲子園出場なし。中大では1年春から正捕手となり、00年シドニー五輪の日本代表に抜てきされた。同年ドラフト1位(逆指名)で巨人入団。12年に首位打者、打点王、最高出塁率と自身初タイトルを獲得し、リーグMVP、正力松太郎 賞を受賞。17年8月13日の広島戦で通算2000安打達成。今季6月1日の中日戦で史上19人目の通算400号本 塁打。08年北京五輪、09、13年W BC日本代表。1メートル80、97キロ。右投げ左打ち。

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