墜落死ハラデー氏 父がパイロット、空に憧れ…引退後に飛行機購入

[ 2017年11月9日 05:55 ]

松井(左)といくつもの名勝負を繰り広げたハラデー氏(撮影・青木芳治通信員)
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 大リーグで2度のサイ・ヤング賞に輝き、通算203勝を挙げて13年限りで引退したロイ・ハラデー氏が7日(日本時間8日)、フロリダ州沖で操縦する小型機が墜落して死亡した。40歳だった。ブルージェイズとフィリーズで活躍。03年にヤンキースでデビューした松井秀喜氏(43)が初打席で初安打初打点を記録した相手としても有名で、米球界は悲しみに包まれた。

 複数の米メディアによると、ハラデー氏の所有する小型機はフロリダ州セントピーターズバーグの西側、約16キロのメキシコ湾の浅瀬で転覆した状態で見つかったという。同氏が操縦し、同乗者はいなかった。13年引退から4年。40歳の事故死が一斉に報じられた。

 ロブ・マンフレッド・コミッショナーは「球界全体がショックを受け、深く悲しんでいる」と声明を発表。ブルージェイズは「球団史上最高の選手の悲劇に打ちひしがれている。彼の功績は語り尽くせない」。フィリーズも「最高に尊敬すべき人間を失った悲しみは言葉にできない」とショックを隠しきれない様子で、フ軍の本拠シチズンズバンク・パークでは電光掲示板に写真を映して追悼した。

 現地報道によればハラデー氏は、父がパイロットだったこともあり現役時代から自家用飛行機の所有を夢見ていた。引退後に購入し、自身のツイッターに上空から撮った写真を載せるほどフライトを楽しんでいた。

 03、10年にサイ・ヤング賞を受賞し、メジャー史上最高の右腕の一人と言われる。10年5月29日のマーリンズ戦で史上20人目の完全試合、同10月6日の地区シリーズ、レッズ戦ではノーヒットノーランを達成。16年間で203勝をマークした。

 03年にヤンキースでデビューした松井氏が、ブルージェイズとの開幕戦でメジャー初打席で対戦。初回に左前適時打を放ち、初安打初打点をマークした。メジャーで175本塁打をマークした松井氏は、ハラデー氏から投手別最多タイの4本塁打を記録した一方で、通算63打数14安打の打率・222。「右投手では一番(打つのが)難しい投手」と称賛するほどの宿敵だった。

 事故原因は現在調査を進めている。昨年9月にマーリンズのフェルナンデス投手がボート事故死したが、またも米球界に衝撃が走った。

 ◆ロイ・ハラデー 1977年5月14日、コロラド州デンバー生まれ。95年ドラフト1巡目でブルージェイズ入りし、98年9月20日のデビルレイズ戦でメジャーデビュー。03年に続き、フィリーズに移籍した10年にも最多勝とサイ・ヤング賞をダブル受賞。13年オフにブルージェイズと一日契約を結び、現役引退。早いカウントで打ち取ることから、早撃ちガンマン「ドクター・ホリデー」にちなんで愛称は「DOC」。1メートル98、102キロ。右投げ右打ち。

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