【内田雅也の追球】岡田監督が自らノック受け若手に示した「指揮官先頭」の姿勢と選手への厚情

[ 2022年11月3日 08:00 ]

自らノックを受けて手本を示す阪神・岡田監督(撮影・大森 寛明)
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 さすがに驚いた。内野手の特守を見守っていた岡田彰布がグラブを手に自らノックを受け、実演して見せたのだ。

 若いころの安藤統男や吉田義男がやっていただろうか。同じ内野手でも藤田平や和田豊はやらなかった。阪神の歴代監督で自ら守備の手本を示すなど記憶にない。

 岡田が示したのは、捕球位置と送球に移る際の右足のステップだったようだ。2日付当欄で書いた、現役時代の1991年2月24日、同じ安芸サブグラウンドで新庄剛志に伝えていたのも同じ基本的な技術だった。

 そう、基本なのだ。広岡達朗は西武監督時代、石毛宏典に来る日も来る日も手投げでボールを転がし、基本的な姿勢を身につけさせた。<私が教えてきたのは、高度なファインプレーではなく、ひたすら基本プレーだった>と著書『巨人への遺言』(幻冬舎)に書いている。

 何も早大先輩にあたる広岡にならったわけでなく、岡田もかねて「捕れる打球をアウトにしろ。ファインプレーはいらない」と繰り返してきた。

 そして自ら動き、示すことの重要性を感じているのではないか。阪神監督として就任時最高齢の64歳である。今の選手とは父親以上離れている。そんな年の差を埋めるように動いて見せたのだ。

 阪神の名物オーナーだった久万俊二郎を思う。社内の訓示では「率先躬行(きゅうこう)」「指揮官先頭」を座右の銘としていた。躬行は自ら行うといった意味だ。

 そんな久万が買っていたのが岡田だった。早大主将の経歴、入団してからの言動で、将来の幹部候補と大事に扱った。現役時代から直接電話で話していたそうだ。期待したのは「率先躬行」ではなかったか。この日、自らノックを受けた姿勢に見えるようだ。

 東京帝大(現東大)法学部出身の久万は、独裁的で冷徹とみられたが実際は違った。「情のない上司などナンセンス」と言い、社長となってからも「係長以上の顔と名前は覚えていた」。海軍将校の経験から「最後は一緒に泣いてやらなあかん」を身上としていた。

 前回2008年の監督退任時、岡田も選手たちも涙した。自ら先頭に立ち率いていた指揮官の厚情が伝わっていた。今の若い選手たちにもいずれ伝わることだろう。=敬称略=(編集委員)

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2022年11月3日のニュース