【内田雅也の追球】3連勝のはずが… 村上に中途半端な攻めで浴びた3発目 危険を避けるのも勝負

[ 2022年8月1日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2―4ヤクルト ( 2022年7月31日    甲子園 )

<神・ヤ>延長11回、村上に3打席連続本塁打を打たれた石井(撮影・後藤 大輝)
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 シンカーが高め、スライダーが低めと外れ、2ボール0ストライクとなった時、四球でいいと思って見ていた。延長11回表2死一塁で村上宗隆を迎えた場面。7回表に左翼へ、9回表に右翼へ、本塁打を浴びていた。

 阪神の石井大智―梅野隆太郎が選んだ3球目はナックルカーブで、高めに浮いて左翼席へ決勝2ランを浴びた。

 3打席連発、全打点の村上には脱帽だが、あの3球目は中途半端ではなかったか。むろん低めを狙ったのだろうが、現実に高めに抜けることもある。勝負か逃げか半々の気持ちだろう。決勝の走者が得点圏に進むとしても、四球でOKという慎重さが薄かったように見えた。勝負事では時には逃げることも必要だ。

 伊集院静の短編『水澄』=『三年坂』(講談社文庫)所収=にある。夏の甲子園がかかった高校野球地方大会決勝、1点リードの8回裏2死一、三塁で4番打者を迎え、敬遠の指示を無視して敗れた投手が主人公だ。

 男は中年サラリーマンとなり、人生に嫌気がさしていた。誘われて草野球で投手をやり、2点リードの最終回2死満塁、前の打席で本塁打を浴びた元プロを迎える。捕手の助言に従って敬遠し1点差で勝つ。<そうだな。危険なことは避けなくちゃあいけなかったんだ。(中略)男はわざと危険な場所を選んで生きてきたように思った>。

 やはり野球は人生に通じている。夏の長期ロード前、甲子園で最後の試合。きょう1日は作詞家・阿久悠の命日である。

 <野球というスポーツは男に人生を語らせるために存在しているのだ>とエッセー集『清らかな厭世(えんせい』(新潮社)に記している。自称「空想野球小説」の『球心蔵(きゅうしんぐら)』はそんな人生に通じる言葉にあふれている。97年、本紙で連載した。

 物語は万年最下位の阪神が巨人を破り優勝を果たす。阿久は本紙で<期待したのは小説中にちりばめられたアフォリズム(警句)の数々で、それを美意識として伝えたかった>と明かしている。

 3連勝のはずが2勝1敗ではゲーム差は1しか縮まらない。確かに痛い敗戦だが、小説のセリフが警句となる。「胸を張って下さい。下を向くと志が低くなります」

 こんな時こそ、志を抱き、頭を高く上げるのである。=敬称略= (編集委員)

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2022年8月1日のニュース