【内田雅也の追球】「やせがまん」の意味

[ 2021年3月8日 08:00 ]

オープン戦   阪神3ー4ソフトバンク ( 2021年3月7日    ペイペイドーム )

<ソ・神3>2回無死、栗原の打球が直撃し痛そうなチェン(左)(撮影・岡田 丈靖)
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 大リーグにはアンリトゥンルール(書かれざる規則)がある。「大量リードで盗塁はするな」「ノーヒットノーランを阻止しようとバントをするな」……など、多くの不文律が存在する。

 なかに「敵から受けた痛みは、どんなに痛くても痛そうにするな」がある。米ジャーナリスト、ポール・ディクソンの『メジャーリーグの書かれざるルール』(朝日新聞出版)には「ボールがぶつかってもさするな」と追記されている。<痛そうに体をさするのは弱さや脆(もろ)さのしるしと受け取られる>と解説がある。騎士道の精神に通じる行動規範だ。

 阪神先発のチェン(陳偉殷)は2回裏先頭、栗原陵矢のカムバッカー(投手返しのライナー)を右足に受けた。相当に強い当たりに少し顔がゆがんだが、直撃箇所に手をやることはなかった。投手コーチ・福原忍らが駆けつけたが、痛そうなそぶりは見せなかった。少し屈伸をしただけで、続投となった。

 台湾出身のチェンは中日から2012年、大リーグに移籍。オリオールズ、マーリンズで大リーグ在籍8年、通算219試合に登板、59勝をあげている。「痛がるな」の精神が染みついているのだろうか。

 巨人初代監督で野球殿堂入りしている三宅大輔は大リーグに精通し、野球選手のあり方を伝え続けてきた。慶大出身で創設者・福沢諭吉が説いた「人間はやせがまんが必要だ」を、スポニチ本紙1963年9月12日付のコラムで書いている。

 ヤンキースの捕手ヨギ・ベラが試合中に突き指をしたことを誰にも悟られなかった話や、名将ジョン・マグローが選手が負傷箇所にテープや包帯をしているのを「土を塗って隠せ」と命じた話を紹介している。<私の考えは近代的ではないかもしれないが“やせがまん”は文明になっても必要である>と記した。

 チェンは直撃打球(強襲内野安打)の後、長短打で満塁とされ、甲斐拓也に本塁打を浴びた。負傷が投球に影響したのかどうかは分からない。

 決して好調でなかったのは確かだが、それでも予定の3回、70球を投げ終えた。まだ調整段階で結果は問わない。課題の直球の切れも、前回よりは球速が増してきており、今後に期待したい。
 そして何よりも、相手や周囲に弱みを見せない「やせがまん」に、戦う姿勢を見たのである。 =敬称略=
 (編集委員)

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2021年3月8日のニュース