ドジャースの名投手 ドン・サットン氏が死去 75歳 ラソーダ元監督死去から11日

[ 2021年1月20日 09:45 ]

1977年のラソーダ監督とサットン氏(AP)
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 大リーグのドジャースなど計5球団で23シーズンにわたって活躍し、歴代14位の通算324勝(256敗)を挙げて1998年に殿堂入りを果たしていたドン・サットン氏が18日の夜、がんとの闘病の末にカリフォルニア州ランチョミラージュの自宅で死去していたことが明らかになった。息子で元実況アナウンサーのダロン・サットン氏(51)が19日にソーシャルネットワークで公表したもので75歳。2008年にがんと診断されて左の腎臓と肺の一部を切除し、その後も闘病生活が続いていたと伝えられている。

 サットン氏は1945年4月2日、人口が800人ほどだったアラバマ州南部のクリオで、18歳の父と15歳の母の間に生まれ、高校時代から野球、バスケットボール、フットボールの選手として活躍。その誕生日はやがてドジャースでチームメートとなるレジー・スミス(ルイジアナ州シュリーブポート出身=巨人にも2年在籍)と同じだった。完封は58回。ノーヒッターは達成していないが1安打試合を5回、2安打試合を10回記録し、通算3574奪三振は歴代7位となっている。

 1966年4月14日にドジャースの先発4番手としてメジャー・デビュー。ドジャースは当時、サンディー・コーファックス、ドン・ドライスデールといったその後殿堂入りする投手を2人擁していたが、右腕のサットン氏(185センチ、83キロ)は新人として12勝12敗という好成績を残し、209奪三振は1911年以降としては最多記録となった。

 ドジャースには80年まで在籍し、その後アストロズ→ブルワーズ→アスレチックス→エンゼルスと渡り歩いて、43歳で迎えた現役最後のシーズン(1988年)は再びドジャースに在籍。背番号20は永久欠番となり、引退後はブレーブスの解説者を28年間にわたって務めていた。

 大リーグでは殿堂入りを果たしたかつての名選手の死去が相次いでおり、昨年だけでルー・ブロック、ボブ・ギブソン、ジョー・モーガン、アル・ケーライン、ホイットニー・フォード、トム・シーバー、フィル・ニークロ氏の7人が他界。ドジャースではサットン氏と計6シーズン、同じユニフォームを着たトミー・ラソーダ監督が今月7日に93歳で死去したばかりで、ロサンゼルスは再び悲しみに包まれている。

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