【内田雅也の追球】優勝気運とは何か。

[ 2021年1月20日 08:00 ]

1962年当時の阪神首脳陣。(左から)小柴重吉コーチ、藤本定義監督、河西俊雄コーチ、青田昇コーチ
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 2003年のリーグ優勝を果たした後、イラストレーター・成瀬國晴が阪神に贈った絵には、監督・星野仙一の胴上げシーンが描かれていた。星野の好きな言葉「夢」が現実となったわけで、筆で「夢は正夢」と大書されていた。

 阪神が2リーグ分立後初優勝した1962(昭和37)年も監督の正夢があった。監督・藤本定義が前年の年の瀬12月28日に見た夢は「甲子園球場でうちと東映が選手権を争う夢なんだ」と担当記者との忘年会で打ち明けている。月刊『ベースボール・マガジン』62年2月号にある。「おミズ(東映監督・水原茂)の緊張した顔が鮮明だった」

 果たして、この年、阪神は本当にリーグ優勝を果たし、東映と日本シリーズを戦った。正夢だったわけである。

 藤本は夢だけでなく、実際に優勝への気運を感じ取っていた。<年が明けると「早く練習をやりましょう」と選手からけしかけられた>と、著書『覇者の謀略』(ベースボール・マガジン社)にある。選手の希望で1月11日には甲子園で当時で言う「自由トレーニング」を始め、投手陣は15日から高知市営球場で合宿練習を行った。<みんなが意欲的になったときは、いい考えも出てくる。心の力も出てくる>。遅刻する者や不平不満を言う者はいなくなった。

 気運が高まる要因は前年61年の戦いぶりにあった。結果は4位だったが、シーズン中7月21日に監督に就いてからは37勝27敗1分け(勝率5割7分8厘)。藤本は「これが優勝ペースだ。忘れるな」と選手たちに言っていた。実際、62年は勝率5割7分7厘で優勝している。

 もう一つ、藤本は<強気なことばかり言っていた>と本紙記者・荒井忠が書いている。「阪神の力は巨人や大洋に劣っていない」と言い、巨人監督・川上哲治を「テツ」と呼びつける。選手たちの劣等コンプレックスをぬぐい去った。

 どうだろう。今の阪神と似ていないだろうか。選手たちの自主トレ始動は早い。前年は貯金7の2位だが、開幕5カード連続ビジターの2勝10敗を除けば、貯金15で勝率は5割7分4厘に達する。藤本の言う「優勝ペース」である。監督・矢野燿大がどんな夢を見たかは知らないが、「予祝」のように強気な発言を繰り返している。

 気運が巻き起こるかもしれない。寒波襲来のなか、そんなことを考えている。 =敬称略=
 (編集委員)

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