【内田雅也の追球】「歩く」ほど冷静な競争心――阪神・北條が選んだ四球

[ 2020年2月9日 05:33 ]

<阪神春季キャンプ>5回、四球を選ぶ北條(撮影・平嶋 理子)                                          
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 ドミニカ共和国などラテン系の野球選手の間に古くから浸透している格言がある。「歩いては海を渡れない」である。当欄で何度か書いてきた。

 「歩く」は英語の「ウオーク」、野球用語で四球を意味する。「海」はカリブ海だ。

 つまり、四球を選んでいるような消極的な姿勢だと、大リーグ・スカウトの目に留まらない。アメリカ大陸、つまり大リーグに行こうとするならば、打ってアピールしないとダメだという意味である。

 新庄剛志が阪神からフリーエージェント(FA)宣言し、大リーグ・メッツ入りした2001年のキャンプ中、ロジャー・セデーニョ(ベネズエラ出身)だったか、中米選手から、この格言を聞いたそうだ。開幕メンバー入りへ、新庄もアピールが必要な立場だった。

 打ってこそのアピールという思いは今の、日本のプロ野球にもあるだろう。

 その点で8日、阪神が初めて臨んだ対外試合(練習試合=対中日・北谷)で、北條史也が選んだ四球が目に留まった。

 3―4と1点ビハインドの5回表先頭、相手投手は右腕・阿知羅拓馬。2ボール―2ストライクから連続ファウルで粘り、さらに外角低め変化球(いわゆる誘い球)を続けて見極め、四球で出塁したのだった。

 後に同点の本塁を踏むなど一時逆転の足場となったのだが、そんな試合展開の機微よりも、北條の立場を強く思う。

 北條はこの日、9番DH。遊撃の定位置を争う木浪聖也は7番・遊撃で先発し目の前で二塁打(2回表)、本塁打(4回表)と快打を連発していた。焦りや、はやる気持ちもあったろうに、際どい誘い球を選び、一塁に「歩く」姿勢に感じ入ったのだ。

 だが、試合後に聞いた打撃コーチ・井上一樹は「さあ、それはどうでしょう」と言った。

 「もちろんライバルへの対抗心は激しいでしょうけど、相手が打った、打たなかったと一喜一憂していたら、長いシーズン、心がもちません。ジョウ(北條)は冷静に自分の立場を見つめていると思います。だから、あの時(四球)も無理に打ちになどいかずに見逃せたのです。打者に染みついた自然な反応でした」

 なるほど、激しく熱い遊撃争いにも北條は自分を見失っていない。

 「ウオームハート・アンド・クールヘッド」(熱き心と冷静な頭)である。セイバーメトリクス風に言えば「プレート・ディシプリン」(打席自制心)が評価されよう。

 そんな冷静な忍耐力が9回表の決勝弾を生んだのだとみている。=敬称略=(編集委員)

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2020年2月9日のニュース