松山東 最長ブランク82年ぶり春 21世紀枠で子規先輩やりました!

[ 2015年1月24日 05:30 ]

校内にある県指定有形文化財である明教館で、学校ゆかりの偉人たちの肖像画に囲まれて気勢を上げる松山東ナイン

 第87回選抜高校野球大会(3月21日から12日間、甲子園)の出場校を決める選考委員会が23日、大阪市の毎日新聞大阪本社のオーバルホールで開かれた。明治の俳人・正岡子規らを輩出した松山東(愛媛)は21世紀枠で選出され、史上最長ブランクとなる82年ぶり2度目の出場。また、今秋ドラフト1位候補に挙がる県岐阜商の152キロ右腕・高橋純平投手(2年)はセンバツ最速記録の更新と、40年以来75年ぶりの日本一を目標に掲げた。組み合わせ抽選会は3月13日に行われる。

 「野球」(の・ぼーる)の雅号を使った正岡子規の母校に、82年ぶりに春が届いた。夏は商業科と併設時代の1950年に全国制覇などがあるが、春は旧制松山中時代の33年に1回戦敗退。それ以来の出場だ。グラウンドに整列し、藤田繁治校長から吉報を聞いた野球部員は全校生徒から拍手と歓声で称えられた。感極まった部員の目には涙。米田圭佑主将(2年)は「とにかくうれしい。自分たちだけじゃなく、先輩方の力でもあるので、引き継いで頑張りたい」とかみしめるように話した。

 江戸時代に設立された藩校の流れをくむ。1892年創部の野球部は帰省した子規が後輩に野球を教えたことがルーツになっているという。教師として赴任した夏目漱石が、同校での体験を基に小説「坊っちゃん」を書いたのは有名な話だ。米田主将の胸に去来したのは、野球部123年の歴史の重み。「責任感でいっぱいです」と表情を引き締めた。

 校庭には喜びに沸くナインを温かい目で見つめていた人物がいた。三塁手として50年夏の優勝を経験した大川彰さん(81)は「本当に良かった…。OBや卒業生は喜んでいると思うよ」と目を細める。エース・亀岡優樹(2年)も思いを背負い、投げる。「先輩の歴史を背負い、高い気持ちを持って甲子園に行きたい」と胸を張った。

 県内屈指の進学校で昨年は既卒者も含め、275人の国公立大合格者を輩出。野球部員もほとんどが国公立大進学を志望する。練習時間は冬季で2時間弱。グラウンドは他部と共用で土、日曜日を除き、外野守備練習はできない。今大会の選出理由では「野球の歴史を長年継承している点」も評価された。堀内準一監督は「21世紀枠で選んでいただいた意味をもう一度、生徒には話したい」と言う。文武両道のナインが聖地で歴史の重みを表現する。

 ▽1950年夏の優勝 1901年に創設の松山商は49年に松山東と統合し、50年は松山東として夏を全国制覇。52年に再び、両校が分離し、松山商は強豪高として甲子園の常連となっている。

 ≪高松の「72」超えた≫松山東が松山中時代の1933年以来、82年ぶりの出場。選抜大会におけるブランクは2005年に出場した高松の72年が今までの最長で、松山東はこれを更新した。選手権大会では、09年に出場した関西学院の70年が最長ブランク。

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