分かっちゃいるけど打てないのよ…ハイテク測定機器の登場で打者受難の時代へ

[ 2022年9月25日 12:00 ]

阪神・佐藤輝
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 やれフォロワー数だ、やれアクセス数だの、何でもかんでも数字がものを言う社会だ。

 投手も同じ。「トラックマン」、「ラプソード」などの高性能測定機器の登場で環境が激変。ひと時代前は球速ぐらいしかなかったボールのデータが、1分間あたりの回転数、変化球の曲がり幅の大きさなどが数字で表れるようになった。米国では、能力を示す重要な指標になっている。

 「この軌道だから抑えられる」。「この回転数だから空振りが取れる」。以前は分からなかったメカニズムが可視化されると、投手は理想に近付こうとする。時同じくして、体の使い方、腕の使い方の研究が進み、トレーニング理論も発達した。今や、150キロ台は珍しくなく、変化球は進化の一途をたどる。セパで完全試合とノーヒットノーランが計5度出た今季。近年のハイテク機器の普及が、投高打低に一役買っていると考えている。

 トラックマンの投手データは、ほとんどの球団が、敵味方関係なく把握している。メディアを含めた世間には非公表ながら、当然、打者はライバル球団のエースの「球質」を知ることができる。直球の軌道、回転数、変化球の曲がり幅まで丸裸。ならば打てるのでは?と思ったけれど、短絡的にはいかないようだ。

 分析分野で球界をリードするDeNAの関係者に聞けば、「結局ね、打者は反応で打たなければいけないから、事前にトラックマンの数値が頭に入っていても、それを生かすことは難しいんだよ」と渋い顔だ。例えスライダーが20センチ曲がると分かっていても、150キロ前後の直球にタイミングを合わせながらでは、“分かっていても打てない”状況が当たり前のように発生。だから、スイング改革が進む打者の世界でも、トラックマンの情報を実戦では使いづらいという。スコアラーが集めた情報を基に、配球を読んだり、球種のクセを見抜いたり、チーム一丸で投手の弱点を突いた方が、攻略の糸口となるようだ。

 他競技で似た話を聞いたことがある。日本の卓球は16年リオデジャネイロ五輪で、情報分析班を充実させた。ありとあらゆる国際大会にスタッフを派遣。ライバル国の選手の映像を撮り貯め、サーブやリターンの傾向など、あらゆる角度から分析を試みた。しかし、確率に基づくデータは、選手からあまり好まれなかった。

 なんせ、長さ2メートル74しかない台上の攻防である。データに縛られて頭でっかちになると、高速ラリーに対応できないというのが、理由だった。その代わりに、「A選手のあの回転のサーブ」、「B選手のフォアドライブ」といったような、選手ごと、場面ごとに編集された映像は重宝された。レシピが添えられているよりも、下ごしらえだけにとどめられた食材の方がシェフである選手には好評で、代表選手はクラウド上にある膨大な映像を好きな時に引っ張り出して、ライバル国の対策を練った。21年東京五輪を含め、メダル獲得につながった。

 コンマ数秒を争う舞台では、人間の反射神経には限界がある。こうして、打者は科学技術の進歩を享受しづらい一方で、捕手はリードに生かして、打者をさらに苦しめようとしている。阪神の坂本は、計測器機「ラプソード」ではじき出された自軍の投手のデータを活用。“浮き上がる直球”に関係するホップ成分、変化球の曲がりに影響する回転軸を考慮して、配球を組み立てている。

 「ホップ成分が少ない投手は低めに集めた方がいい。そうやって(計測器機の)データを基に攻めるときもあれば、ホップ成分が少ない投手でも高めのボールを使うときもある。打者と投手の兼ね合いを見ながら、ケースバイケースですね」

 今季、規定打席に到達した打者で、3割を超えているのは9月24日終了時点で、両リーグで7人しかいない。同36人いた04年に比べると、当時と今ではボールが多少違った可能性があるものの、ものすごく減少した。ハイテク時代の恩恵を生かすバッテリー。打者受難の時代はしばらく続きそうだ。(記者コラム・倉世古 洋平)

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